抄録
マハレM集団で2003年末に起こったアルファ雄の失踪とその後の順位下落に至る経過について報告する。1997年から約6年にわたってM集団のアルファ雄だったファナナ(推定26歳、2004年9月現在、以下同じ)は、2003年11月26日の観察を最後にM集団から姿を消し、以後おもに単独で遊動するようになった。ファナナの失踪後、M集団ではそれまで第2位だったアロフ(22歳)がくりあがってアルファ雄になったが、ファナナとの直接遭遇は長く観察されず、ファナナとアロフの優劣関係は不明瞭なままであった。
2004年4月16日、ファナナの失踪後はじめてファナナとアロフを含む集団の遭遇が観察された。このときファナナに対してボノボ(22歳、第3位雄)が威嚇や突撃誇示をしたが、アロフはファナナに対して服従的な態度を示し、他の多くの個体もアロフにではなくファナナにパントグラントを発した。この日の夕方までファナナは「アルファ雄」としてこの集団と共に遊動していたが、翌日からまたファナナはM集団から姿を消し、再び単独遊動生活に入った。
2004年8月25日、4月以来はじめてファナナとM集団ほぼ全員を含むパーティの遭遇が観察された。このときはオトナ雄全員がファナナに対して威嚇・突撃誇示をし、一部の雄は直接攻撃もおこなった。ファナナはアロフとマスディ(27歳)、プリムス(13歳)の3頭の雄に対してパントグラントを発し、アルファ位から陥落したことが確認された。
本発表では以上2つのファナナとアロフを含む集団の遭遇事例を中心に、その前後のファナナをめぐる社会交渉を含めて、野生チンパンジー社会における「アルファ雄」とはどのような社会現象として捉えられるのか、という視点から考察する。
この研究は、科学研究費基盤研究A(16255007、代表者:西田利貞)と21COEプログラム(A14、代表者:佐藤矩行)によっておこなった。