抄録
霊長類における精液凝集の程度は系統間で異なり、チンパンジーのような複雄複雌群の種ではより強固な凝集が観察されることから、繁殖構造の多様化と関連して進化してきた形質であることが示唆されている。セミノジェリン1タンパク質(SMG1)は、精液中に多量に存在し、トランスグルタミナーゼの標的部位を有する60アミノ酸のリピートを含む独特の構造を持っている。SMG1は凝集構造物の主成分であり、また60アミノ酸のリピート数が霊長類各種における凝集の程度と相関を示すことから、精液凝集の多様性の原因と考えられているが、実験的な証明は成されていなかった。本研究では、霊長類各種におけるSMG1の生化学的性質と精液凝集との関連性を明らかにするために、セルフリー翻訳系を用いてヒトならびにチンパンジーのSMG1を合成する実験系を確立した。SMG1のC末端に、Lumio Green蛍光色素と結合し、合成タンパク質の特異的な検出を可能にするタグ配列を付加した鋳型DNAを用いて、in vitroタンパク合成反応を行い、合成反応後の反応液をSDS-PAGE法で解析した。その結果、ヒトでは約50kD、チンパンジーでは90kDのタンパク質の合成が確認された。また、FactorXIIIaを用いたタンパク質架橋実験の結果、これらの合成タンパク質はトランスグルタミナーゼが触媒する共有結合で架橋されることが確認された。さらに、これらの合成タンパク質は非変性・非還元状態では非共有結合的に凝集することも示された。これらの結果は、ヒトならびにチンパンジーSMG1のin vitro合成が成功した事を示すものである。今回確立した系は、霊長類に限らず他の種をも対象にした比較生化学・生殖学的解析に利用可能である。