抄録
カニクイザルは,様々な霊長類の研究において用いられてきた。しかし,野生と飼育環境のカニクイザルの顎頭蓋形態の比較は,ほとんど無い。本研究では,野生環境や飼育環境の違いがカニクイザルの顎,頭蓋骨にどのような影響を及ぼしたか検討した。材料は財団法人日本モンキーセンター所蔵のカニクイザルの乾燥頭蓋骨を使用した。例数はメス115体で,乾燥頭蓋骨は頭蓋,下顎に破損部位がないもの,上下顎ともM3まで萌出しているものを使用した。原産地で捕獲され輸入されたものを野生グループ,愛知県篠島に隣接する木島で繁殖・飼育されていたものを木島飼育グループ,日本モンキーセンターで繁殖・飼育されたものセンター飼育グループとした。計測項目は34項目で,頭蓋は17項目,下顎骨は7項目,両者を含めた頭蓋骨として6項目である。また,上下顎の歯列弓長径,幅径をそれぞれ計測した。計測はデジタルノギスを使用した。3つの集団の比較は,一元配置の分散分析と主成分分析を用いた。統計学的処理はJMP ver 5を用いた。各集団の平均値の比較では,野生グループ,木島飼育グループ,センター飼育グループの順に大きくなっている傾向にあり,特に脳頭蓋よりも,顔面頭蓋の増大が顕著であった。主成分分析では,第1主成分の因子負荷量がすべて正で比較的大きい値が多いので,全体のサイズファクターであることを示している。第2主成分は頭蓋底の高さに関する因子であり,第3主成分は下顎骨と頭蓋骨の対立因子であろうと思われる。カニクイザルは,東南アジアの熱帯地域に生息しており,摂取していた食物は果実が多く占めている。しかし,日本での飼育場所は熱帯地域と比べれば冷涼な気候であり,果実よりも穀類が占める割合が多い飼料であり,特に木島では木の葉や木の皮も食べていたと思われる。このことから,頭蓋骨サイズの変化には気候や食生態が関連していると考えられた。