抄録
テナガザルは、「歌」と呼ばれる他の類人猿では見られない特有の行動を持つ。「音素」と呼ばれるいくつかの発声要素で「フレーズ」をつくり、「フレーズ」が複雑に組み合わされて歌がつくられる。多くの種で、雌雄間で歌を複雑に鳴き交すことで種特異性の高い「デュエット」をつくることが知られている。
歌やデュエットには種特異的で固定的なパターンが認められる一方で、その固定的なパターンにはある程度の変異性を持つことが認められている。特に多くの種でメスが歌う「グレートコール」と呼ばれる歌は、種特異性が非常に高いとされ、多くの研究がなされてきた。
今回我々はアジルテナガザルのグレートコールを対象として、その変異性の構造を1)個体間変異、2)地域間変異という観点から予備的に検討した。
アジルテナガザルはマレー半島とスマトラ島全域、南カリマンタンに生息している。今回、西スマトラと南カリマンタンの2地域の音声データをもとに、グレートコールを個体間と地域間で分析し、比較をおこなった。さらに、先行研究をもとにグレートコールを4つのパートに分けパート間比較することで、グレートコールのどの部分に音声の個体性や地域性が強く現われるかを検討した。
音響分析の結果、1)グレートコールに個体性があること、2)グレートコールに音響的な地域差が見られること、が明らかとなった。また、個体間の変異性はグレートコールの中間部分に、地域間の変異性は最初の部分に強く現われる可能性が示唆された。