抄録
(目的)複数の事柄を表象して心的に操作する能力は、多くの生物にとって適応的である。たとえば、捕食者にとって、見え隠れする複数の獲物を心的に表象し、その動きを心的に操作して最終的な獲物の位置を推測することは、心的表象操作を経ずにランダムな捕食戦略をとるよりも採食効率がよいと考えられる。我々はこれまでに、果実に加えて小動物や昆虫なども採食するベルベットモンキーについて、擬似採食場面における2項目までの自発的な心的表象操作能力を確認している。本研究では項目を1つ増やし、3項目の心的表象操作能力を検討することを目的とした。
(方法)ケニア・モンバサ海洋自然保護区付近に生息する一群の野生ベルベットモンキーを対象とし、自発的に擬似採食場を訪れた4個体について、様々な個数の餌を見え隠れさせて、餌に対する反応を記録した。餌の個数と動きは、それが心的に3項の減算となるように実験的に統制した。たとえば、2個の餌をサルに見せたあと、それを不透明なカップの中に入れ、そこから1個を取り出した後、さらに1個を取り出すと、残りの餌の個数は「2-1-1=0」となるはずである。このような動きを様々な個数の餌についてサルに呈示した。サルが3項目の心的表象操作を自発的に行うならば、見える餌の数から見えないカップの中の餌の個数を推測することができ、残数があるときにはカップに手を伸ばし、残数がないときにはカップに手を伸ばさないと予測された。
(結果)残数がある条件とない条件とでカップへのアプローチが異なるかどうかを検討したところ、メス2個体では残数に関係なくカップにアプローチしたが、オス2頭では最初からカップに餌がないときに比べると残数があるときのほうがカップへのアプローチ率が高かった。しかし、オスでも、異なる残数間でアプローチ率の差はなかった。
(考察)ベルベットモンキーの表象操作能力は2項目までである可能性が考えられる。