抄録
[目的] ニホンザルは毛づくろいを始める前に、しばしば発声することが知られている。この音声は、緊張緩和の機能をもつこと、地域変異がみられることなどが指摘されている(Mori, 1975; Masataka, 1989; Sakura, 1989; 志澤, 2001)。しかし、いずれも餌付け群か飼育下の研究であり、野生のニホンザルを対象に毛づくろいと音声の関係を調べた研究はあまり行われていない。そこで本研究では野生群における(1) 順位や血縁と発声の関係、(2) 毛づくろい前の発声の頻度について明らかにする。
[方法] 鹿児島県屋久島に生息する野生のヤクニホンザルを対象にし、2006年2-4月に調査を行った。オトナメス3頭を個体追跡し、1個体あたり10時間、デジタルビデオによって撮影した。2m以上離れていた個体が接近して毛づくろいをはじめる場面に注目し、接近した個体、接近する際の発声の有無、毛づくろいを行った個体および受けた個体を記録した。
[結果] 上記の2点に関して次のことがわかった。(1) 順位差が大きい場合や非血縁個体同士の場合に発声が多くみられる。(2) 他の調査地に比べ、屋久島では毛づくろい前の発声頻度が顕著に低い。
[考察] (1)の結果より、個体間の関係によって音声が使い分けられていることが示唆された。順位差が大きい場合や非血縁個体同士というのは、緊張が高い状況であると考えられる。このことから、毛づくろい前の発声には緊張緩和の機能があることが野生群においても示唆された。
では、これを(2)の結果で明らかになった地域差と結びつけるとどうなるだろうか。屋久島で発声頻度が著しく低いのは、次の二つの点で緊張状況になりにくいためであると考えられる。(A) 分散した食物パッチを利用している。(B) 1群あたりの個体数が少ない。今後は、屋久島内の群れ間比較を通じて、この問題を議論していきたい。