抄録
テナガザル類は、「歌」と呼ばれる特有の発声行動を持つ。歌は毎日夜明けともに始まり、主にテリトリーの主張やペア間のコミュニケーション用いられる。歌のパターンは遺伝的に強く決定されており、種特異性が非常に高いことが知られている。しかし固定的なパターンが認められる一方で、その固定的なパターンにはある程度の柔軟性を持つことが認められている。また歌の機能の側面から、歌に「個体性」が強く現われていると予測される。中でも「グレートコール」と呼ばれるメスが発声する部分は、最も特徴的で聞き分けやすく、個体性が現われやすい音声と考えられる。そこで我々はアジルテナガザルの「グレートコール」対象にして、音声の個体性の確認とその個体性を最も強く表現している音響的要素を検討した。
音声データの収集は2004年2月、2005年9月~11月にインドネシアのスマトラ島、西スマトラでおこなった。6群から合計125グレートコールを録音収集し、58個の変数を用いて分析をおこなった。変数を縮約するため主成分分析をおこない、出てきた音響成分の中で最も個体性を表現している成分を特定するために、分散成分分析をおこなった。
分析の結果、変数は7つの成分に縮約された。これら7つの成分を用いて6群の音声の判別分析を行った結果、97%の判別率が得られた。このことからグレートコールが非常に強い個体性を持つことが明らかになった。さらに7つの成分のなかで、個体内変動が最小で個体間の変動が最大である成分を検討した結果、グレートコールの最大周波数に関する成分が個体性を強く表現していることが示唆された。
本研究で得られたテナガザルのグレートコールにおける個体性の強さや個体性を表現する音響的特徴は、今後個体密度調査などへ応用すると非常に有用といえる。