抄録
アジルテナガザル2雄を対象に、その歌の発達を生後より8歳まで縦断的に調べた。母親の育児放棄に因って、ヒトが育てたが、テナガザル他個体と同居させてきた。一日あたり4時間観察し、対象児が歌い始めた場合には、可能な限り録画・録音した。蓄積した資料を基に、次の項目を分析した。各レパートリーの初出齢、消失したレパートリーの最終観察齢、グレートコール様の声の詳細。結果、歌は両個体ともに生後2週齢に初出した。これは先行研究の12週齢(飼育下の母親保育のシロテテナガザル)よりも早かった。これが観察状況や養育状況の違いによるのか、種差なのかは現時点では不明だ。また、野外ならびに飼育下の先行研究から、テナガザル類の未成熟個体は雌雄の区別無く、グレートコール様の声を発すると知られているが、同様の事が対象児でも観察された(初出は2週齢)。そして、この声は5歳頃に消失し(5歳10ヶ月齢と4歳2ヶ月齢)、雄のレパートリーのみが残った。これは同じ個体の性成熟(精通)より1年先行した。さらにグレートコール様の声を詳細に分析すると、それを構成するノート数に発達的変化はなかった。また、その持続時間は初出から消失まで大人雌のものより約6秒程度短いままだった。対して、ノートごとの持続時間は発達につれて長くなった。ここで、グレートコールを「伸ばし、上昇するパート」「クライマックスのパート」「下降するパート」の3つに分けてみると、後の2つのパートは初期には認められず、生後半年以降になって獲得された。この様に、雄であっても、グレートコール様の声に発達的変化があった。これは、発声器官の成長に関係しているのかもしれない。今後、この結果の一般性を確かめるために、より多くのテナガザルを観察する必要があるだろう。