抄録
西アフリカ、ギニア共和国・ボッソウにすむチンパンジーは、一組の石をハンマーと台として用い、ナッツを叩き割ってたべる。このナッツ割りという道具使用では、3つの物体が適切に組み合わされる必要があり、野生チンパンジーがおこなう道具使用のなかで最も複雑な構造をもっている。発達的にみると、ナッツ割りは3歳半から6歳頃までに獲得されるといわれている。しかし、ナッツを割れるようになったあとも、両手の分化使用や、1つのナッツを割るのに要する打撃数などにあらわれる「効率性」の点では未発達で、おとなになるまで長い時間をかけて習熟していく。今回は、ボッソウの野生チンパンジーを対象に、ナッツを割りはじめて数年の幼児(6-8歳)と、ナッツ割りを習熟したおとながみせるナッツ割り行動を分析した。野外実験場と呼ばれる観察地点で、ナッツと石を多数用意し、複数のカメラで訪れたチンパンジーの行動をビデオ記録した。物を操作する行動を記号におきかえて記述し、行動の文法的規則を明らかにする方法を、ナッツ割りの場面に適用してビデオ記録の分析をおこなった。自分が使っていたハンマー石と台石のセットを、別の場所まで持ち運んで使うのはおとなだけだった。幼児は、おとなが使ったあとのセットをそのまま利用することが多かった。台石の上においたナッツが、ハンマー石で叩く前に傾斜のために転がって落ちてしまう事象は、幼児に多く観察された。台石を安定させるために、台石を回転させたり、足や手で支えたりするという方略が観察された。失敗が続いた後には、ハンマー石を別のものにかえる、台石を動かす、幼児の場合では叩く手を左右でかえるなど、チンパンジーがナッツを効率的に割るために、いろいろな方略を使っていることが明らかになった。これらの結果をもとに、物理的な理解や、認知発達の視点から考察をおこなった。