抄録
グルーミングは霊長類において一般に広く見られる個体間交渉のひとつであり、集団内の他個体との社会関係を形成、または維持する機能を持つ。これまでのグルーミング交渉に関する研究の多くでは、個体は交渉相手を選択しており、個体間で交わされたグルーミングの分布パターンに選択の結果が反映されている、という前提で行われていた。しかし、この前提の妥当性は十分に示されてはいない。本研究では、ニホンザル飼育集団において、交渉相手が選択可能な場面、選択の余地がない場面でのグルーミングの分布を比較し、交渉相手の選択に差があるのかを調べた。分析では、個体が交渉相手の属性を選べるのは、複数の近接個体がいて、それぞれの個体の属性が異なる場合とし、“観察個体がグルーミング交渉相手を選択した”という場面を次のように定義した。グルーミングが始まったときに複数のオトナメスがいて、それらを2つの属性に分類できるとき(例:血縁個体が1個体、非血縁個体が2個体いるとき)であるとした。交渉相手からグルーミングの催促を受けた後や個体間で攻撃交渉が生じた後のグルーミングは、交渉相手を選択した場面とはみなさなかった。
全体的には、血縁個体、高順位個体、親和的な個体へのグルーミングの指向性ははっきりと見られなかったにもかかわらず、交渉相手を選択可能な場面では、これらの個体に対する指向性が明確に現れた。特に、集団内で上位の順位(上位6個体/全14個体)のグルーマーが交渉相手を選択する場面では、有意に高い割合で望ましい交渉相手を選んでいた。
これまでの先行研究では、交渉相手の選択肢が非常に狭く、望ましい相手と交渉がもてなくなっている可能性がある。しかし、選択が可能な場面では、個体の交渉相手の選択に際しての意思決定の結果がより明確に示されていること、またその傾向はグルーマーの属性によって異なるということが、本研究により明らかになった。