抄録
【目的】哺乳類や鳥類では、親からの養育行動を求めて、子が音声を発することがある。この音声の機能に関して、2つの仮説が考えられている。子は音声信号の発信を操作することによって、必要以上の養育行動を親に要求しているとする「信号の操作的利用仮説」と、本当に養育を必要としている子のみが音声信号の発信を行うことにより、音声信号の信憑性を維持しているとする「正直な信号利用仮説」である。ニホンザルでは子が離乳期を迎えることになると、授乳を求める子ザルに対して、母ザルが頻繁に拒否行動を示す。本研究では、授乳をめぐる母子相互交渉に注目して、乳首接触を試みる子ザルが鳴き声(gecking call)を発する状況と、その鳴き声に対する母ザルの反応性を調べた。
【方法】勝山ニホンザル集団において、離乳期に当たる1歳齢の子ザルと母ザル15組を対象とし、2003年4月から9月までの76日間、総計225時間の行動観察を行った。
【結果と考察】子ザルが鳴き声(gecking call)を伴って試みた乳首接触は成功する確率が高く、成功した場合はその乳首接触がより長い時間継続する傾向にあった。乳首接触が成功するかどうかは、その時の母ザルの活動内容と関連することが知られている。子ザルが鳴き声を伴って乳首接触を試みた割合は、母ザルの活動内容に関わらず、一定の低い値を示した。鳴き声を伴った乳首接触を頻繁に試みる子ザルは、必ずしも乳首に接触している時間が長いわけではなく、乳首接触の成功率も高いわけではなかった。以上の結果から、鳴き声を伴った乳首接触を子ザルが過剰に試みることによって、子ザルが母ザルを「操作」し、母ザルから必要以上の養育行動を引き出そうとしている可能性は低いと考えられた。むしろ、母ザルと子ザルの間では鳴き声を伴って試みられた乳首接触が、「正直な」信号として利用されている可能性が示唆された。