抄録
直立二足歩行は、ヒトとほかの哺乳動物を隔てる重要な特徴である。二足歩行能の獲得過程の究明は、ヒトの進化を考える上で重要な課題のひとつと考えられる。これまでの研究ではブラキエーション仮説、木登り仮説などが提唱されてきたが、二足歩行が獲得された要因について実際のところは明らかになっていない。
多くの動物種では行動のレパートリーとして二足行動をもつ。霊長類では祖先から引き継いだこの性質が、樹上適応放散を機にブラキエーションや木登りと複合することになった。したがって、一般哺乳類の二足行動について知ることは、霊長類の運動適応の特徴を明らかにすることにもつながる。レッサーパンダ(Ailurus fulgens)は、日常行動において自発的にしばしば二足起立姿勢をとるので、二足性の進化を探るためのモデル動物として適当である。その起立行動はこの動物がしばしば行なう木登りやブラキエーション様の行動と関連しており、類人猿段階の前適応と類似した行動様式形成のメカニズムが働いていると想定すると理解しやすい。
しかし、レッサーパンダは通常二足起立姿勢をとるのみで歩行は行なわない。一方テナガザルやチンパンジーなどの樹上性の類人猿は地上の二足歩行ができる。これらの類人猿とレッサーパンダの樹上行動の大きな違いは、左右の腕を交替させて枝から枝へブラキエーションによる移動を行なうか否かである。二足歩行能の起源と進化を探る鍵はここに隠されている可能性がある。ブラキエーションによる移動運動では、上肢ばかりでなく下肢や体幹をコントロールする筋の機能や神経回路、さらに筋の機能と運動の様式に対応した骨格の形態が存在することが予測される。
今回の自由集会では、われわれが上記のような考えに至った過程を概説するとともに、先行研究やこれまでに行なってきた実験結果について再考する。さらに、ここに示した考え方に妥当性があるか、今後どのように検証していくかについて議論したい。
< 演者>
藤野健(東京都老人総合研究所)、熊倉博雄(大阪大学大学院人間科学研究科)、中野良彦(大阪大学大学院人間科学研究科)、松村秋芳(防衛医科大学校生物学科)
< コメンテーター>
平崎鋭矢(大阪大学大学院人間科学研究科)