抄録
ひと科3属(チンパンジー、ゴリラ、オランウータン)の大型類人猿は、野生下において絶滅危惧種であり、国内飼育環境下においても個体数減少・少子高齢化という問題を抱えている。一方で、大型類人猿を対象とした研究は増加傾向にあり、非常に高い研究需要が存在している。こうした現状をうけて、本年8月より京都大学霊長類福祉長寿研究部門が国内初のチンパンジー・サンクチュアリとして熊本県に設立されることになった。これは、従来のサンクチュアリにとどまらず、チンパンジーの飼育方法、エンリッチメントなどの福祉、長寿、さらには野生保全に関する研究、教育を進めるとともに、日本の大型類人猿の展望を考えるという包括的な研究講座である。とくに、老齢チンパンジーにおける生活の質の向上、多様な年齢層からなる複雄複雌集団の飼育下での創設とそれにもとづく隔離飼育(単独飼育と人工保育)の廃止などを実施し、国内飼育個体群維持を進める。野生復帰事業へも飼育技術の知見などを提供する。一方、大型類人猿の研究基盤整備、情報整備として、大型類人猿情報ネットワーク(GAIN)というプロジェクトが文部科学省ナショナルバイオリソースプロジェクト(NBRP)内の情報プロジェクトサブ機関として進められてきた。ここでは大型類人猿由来情報(飼育個体・家系・施設情報など)や、大型類人猿研究者情報の整備、飼育施設・研究者とのネットワーク整備が実施されてきた。このネットワークの利用と遺体科学分野との連携によって、非侵襲的研究資料(主に死体由来資料)の配付がおこなわれてきた。現在も第二期NBRPへ情報プロジェクトサブ機関として参加し、京都大学霊長類研究所と東京大学大学院農学生命科学研究科を機関として事業運営がされている。本集会では、京都大学霊長類福祉長寿研究部門、NBRP、GAIN、遺体科学の概要について話題提供をおこなうことで、国内における大型類人猿の飼育・福祉・研究利用の現状について報告すると同時にその展望について検討したい。