抄録
ベトナム北部トゥンランの後期更新世とみられる洞窟堆積物から見つかっていたマカク属のオスの頭骨化石は、現生のチベットモンキーやベニガオザルに近いとされていたが(Jouffroy 1959)、これまで詳細な比較研究がなされていなかったので、その系統的位置に関して再検討の必要がある。近年、コンピューター断層画像法(CT)により非破壊的に骨格標本の内部構造を解析できるようになった。上顎洞は頭骨内部の副鼻腔の一つであり、蓄膿症が生じる箇所としても知られる。マカク属では全ての種に上顎洞が存在し、その大きさや形態に種間変異が確認されている(Koppe & Ohkawa 1999)。したがって、上顎洞やそれに隣接する鼻腔の形態を比較することにより、化石種の系統解析へ応用が可能ではないかと考えられる。本研究の目的はマカク属における鼻腔と上顎洞の形態変異の系統解析への有用性を検討し、トゥンラン頭骨化石の系統的位置を推定することにある。現生11種のマカクの頭骨をCT撮像し、鼻腔と上顎洞の形態を三次元デジタル復元して視覚化した。さらに、吻部の前方と後方での鼻腔の幅・上顎洞の幅を計測した。鼻腔や上顎洞などの内部構造には、性的二型が確認されたため、頭骨化石の系統解析にはオスの頭骨のみを比較した。マカク属は、4つのグループに分類されることが多いが、その中でブタオザルを含むグループは祖先的、ベニガオザルグループは派生的であるとされている。これらの分類体系と鼻腔と上顎洞の形態変異を対比させて見ると、ブタオザルに典型的な幅の狭い鼻腔と大きな上顎洞は祖先的であり、ベニガオザルに典型的な幅の広い鼻腔と幅の狭い上顎洞は派生的な形質であると推測された。トゥンラン頭骨化石は、幅の広い鼻腔と幅の狭い上顎洞という派生的な形質をベニガオザルとのみ共有することが示された。この結果は頭骨化石が現生のベニガオザルと近縁であることを示した。