抄録
個々の下肢の動作にはいくつもの筋が協同して関与する。その筋がどの様な動作のときに働くかを知る手がかりは肉眼解剖で得ることができる。すなわち、筋のまま付着するか腱になっているか、骨のどの辺りにどのくらいの幅で停止するか、などである。様々な行動様式を示す霊長類の中で、ヒトが立位2足歩行へ変換するにあたり、下肢筋にはどのような変化適応が迫られたのだろうか。演者はすでに、長指伸筋と第3腓骨筋(1985)、長母指屈筋と長指屈筋(2002)、長腓骨筋(2003)、後脛骨筋(2005)について報告している。今回は、脛骨上部に停止する縫工筋(大腿神経支配)、薄筋(閉鎖神経支配)、半腱様筋(坐骨神経支配)がつくる鵞足に注目した。支配神経が異なる3つの筋群から1つずつの筋が脛骨上部にまとまって停止するには、それなりの利点があると考えられる。あるいは、必要に迫られたのであろうか。ヒト、カニクイザルに加えて、地下に洞を堀り、内壁を上り下りするアズマモグラを比較検討材料に加えた。鵞足構成筋がモグラでは膝関節を屈曲して保持する等尺性収縮筋として働く。足と下肢の向きを細かく素早く操作するヒト型に近い形状はインドリ、シファカ、シロテテナガザルに文献でみることができる。ブラキエーションの着枝には必要動作である。カニクイザルは中間型である。ヒト型鵞足の完成に、体重支えを軽減するブラキエーションが補助動作になった可能性を示唆する。