抄録
爬虫類からの哺乳類化に伴い肩帯の構成要素が大きく縮小・退化した。この改変で肩関節は胸郭に対する自由度を著しく増大し,それに関節する上腕骨の胸郭に対する運動性も大きく質を変えた。即ち前肢操作能はその基部に於いて骨性要素に拠る関節運動性の制限を減らし,筋に拠る能動的で自由度の高い運動制御と関節維持(脱臼防止)機構への変換を遂げたことになる。この様な肩周りの特徴は,関節運動性の変化と共に筋の形態が如何に変化し移動・分化或いは退化していくのか,その機構を探る上での強力なヒントを与え得る。例えば烏口上筋(相当筋)が発生の過程で肩甲骨の前縁が盛り上がり,それが次第に尾方に移動して棘突起が形成されるに従い,2分して棘上下筋に分化する(Cheng,1955)事が知られるが,上腕骨の運動制御性に関するベクトル解析では後者が主に肩関節の固定に作用する筋であるのに対し,前者は明らかに上腕骨の遠位端を空間的に移動させる為の筋であり(藤野,1997),肩関節が自由度の増大と引き替えに脱臼し易くなったが,それらに対処すべく筋機能の鞍替えと再配分が図られたと考えられる。肩周りの筋は多様な運動性への要請から線維構築的に複雑な筋形態を呈し,更にそもそも関節運動の解明が未だ不十分である事も加わって,筋線維束の肩関節周りの空間配置や内部構築の機能的意義の解釈がなかなか進まない現状にある。いわば形態と機能とを点対点として関連づける自体が容易ではないのだが,近縁な系統を飛び越えたものとの比較が,形態の点から点への推移,即ち進化のあり方について新たな視点を与え,霊長類の肩の進化について突破口を開く可能性をここに強調したい。