抄録
Paradolichopithecusは,中期鮮新世から前期更新世にかけてユーラシア大陸に生息していた地上性の大型のオナガザル亜科,ヒヒ族のサルである。ヨーロッパのほぼ全域から模式種であるP. arvernensisが産出し,中央アジアのタジキスタン南部KuruksayからP. sushkiniが見つかっている。
フランスSenëze産タイプ標本は,鼻腔が幅広く,上顎洞がないが,Kuruksay標本には歯槽まで広がる上顎洞がみとめられる。
2004年に中国北西部の龍担からP. gansuensisが記載,報告された。龍担標本(HMV1142,中国科学院古脊椎動物・古人類学研究所蔵)は鼻腔底表面が露出している上顎骨標本を含んでいる。本研究では,その鼻腔底形態の分析と上顎骨体内部構造のCT分析を行い,その鼻腔構造を比較検討した。
龍担標本には,鼻腔底の左側表面が犬歯からM3レベルまで,右側表面が犬歯からM1レベルまで残っている。犬歯からM2レベルまでに上顎洞や海綿質骨領域の存在を示す特徴は認められない。M3レベルに残る上顎骨体部には,海面質骨を示す骨片がみられた。さらに,CT画像から,同体部内に上顎洞の形成を示す骨構造はみとめられなかった。
本研究で観察された形態学的特徴は,Senëze標本に共通する。龍担標本には,M3レベルの上顎骨上部に非常に限られた上顎洞が形成されている可能性はあるものの,その形態学的特徴は上顎洞がないことを強く示唆する。一方,Kuruksay標本にはM2-3レベルに歯槽まで及ぶ上顎洞があり,両標本とは大きく異なる。
旧世界ザル系統では,上顎洞の形成はマカク系統のみにみられる派生的特徴とされる。P. sushkiniは,地理的にはP. arvernensisとP. gansuensisの中間に位置するが,それら両種とは系統位置を大きく異にするのかもしれない。