抄録
私はコロンビアでウーリーモンキーの1つの群れを1987年から16年間,原則として年2回,観察してきた。この間交尾が観察されたオスのうち母が健在のものが9頭いたが,PCという名の1頭を除き,母との交尾は見られなかった。雌雄間のグルーミングは母と息子の間で断然多く,これは息子がコドモ(1-4歳)からオトナ(8歳以上)にいたるまで一貫してそうである。
ところがPCは母以外のどのメスよりも母PTとグルーミングをよくやることはなかった。しかもこのことはPCが幼い時から顕著で,3歳で妹が出生した時以後母からグルーミングされたことは一度も見られていない。以上のことから,多くの霊長類の種で確かめられてきた“母との「親しさ」が母とのインセストを拒否する”ことがウーリーモンキーにも当てはまると言える。と,同時にPCと母との間にインセストに当たる交尾が生じたのは両者の関係が疎遠であったから,と見なし得る。いっぽう別のストーリーも考えられる:PCは母との関係が疎遠であったために群れを出た,その時期は恐らく1990年9月から1年近い私の不在中,PCが5歳の時(ワカモノ期の初め)である,彼が群れを出たころ彼と同じ年頃のオスが群れに入ってきて居着いた,このオスがPTと交尾した,したがってインセストはなかった。
ウーリーモンキーの社会は完璧な父系で,オスは生まれた群れから決して出ないと信じられてきたが,この見解は検討を要する。最近エクアドルのウーリーモンキーの研究で,DNA分析及び直接観察から,オスも移籍することが示唆された(Di Fiore & Fleisher, 2005)。