抄録
【目的】霊長類の葛藤解決行動の研究は,多くがpost-conflict場面を対象としたものであった。そのため,post-conflict場面に比べpre-conflict場面での研究や理論の構築はずっと少なく,個体が攻撃交渉の前にどのように個体間の関係を調整しているのかということについては,将来研究されるべき課題として残されている。
そこで,本研究においては,飼育ニホンザル集団を対象として攻撃交渉の前に,攻撃個体が他個体と行う親和的行動を調べ,通常場面と比較した。そして,攻撃を受ける個体と攻撃を受けない個体とで,攻撃個体への親和的行動の生起頻度や種類が異なっているかどうか検討した。このように,攻撃交渉前のメカニズムを探ることを本研究の目的とした。
【方法】大阪大学大学院人間科学研究科附属比較行動実験施設にて飼育されている5頭のニホンザルを対象とした。全ての個体の行動を全生起法で記録した。1時間の観察を1セッションとし,104時間の観察を行った。通常場面と比較するため,攻撃が生起した時点からさかのぼり,10分間のデータを攻撃前場面のデータとして用いた。
【結果及び考察】被攻撃個体から攻撃個体への親和的行動も,攻撃に関与しない第3者個体から攻撃個体への親和的行動も,攻撃前場面において,接触,グルーミングのどちらの行動についても少なくなる傾向があった。この結果から,争い後の仲直り行動の生起率が他のマカクよりも少ないニホンザルにおいては,事前の親和的行動によって争いが回避されるわけではなく,相手との距離を調整することによって争いを回避しているのかもしれないという可能性が示唆された。
親和的行動を行わないことと攻撃の危険性が高まることの因果関係は,本研究からは明らかにならない。今後,個体間の要因を統制した上で他のニホンザル集団においても検討する必要がある。