抄録
われわれは複数の個体のうち誰と誰が社会的交渉を行っているか容易に判断できる。この判断は単純に個体間の空間的な近接関係にもとづいてなされるのではない。少し離れていても行為や注意の方向の共有などが重要な手がかりとなっている可能性があるだろう。逆に言えば,視線の共有などが存在する場合には個体間の「距離」はすこし近く感じられるということもあるのかもしれない。今回の発表では,この可能性について比較認知の観点からチンパンジーを対象に検討を行った結果について報告する。6個体のチンパンジーが参加して,モニタ上に水平に提示された3つの刺激のうち中央のものから「より遠い」方を選択すれば正解とする相対的距離判断課題を訓練した。まず,着色された円を刺激として用いて訓練をし,その後未知のヒトの正面顔および横顔を用いてテストを行った。その結果,円や正面顔では主観的等価点はほぼ物理的な等距離に一致したのに対し,横顔を用いた場合には,顔が向かい合っている側の距離が有意に過小評価された。つまり,お互いに見つめあっている顔どうしは「近く」感じられるようだ。この結果の解釈についてはさらなる検討が必要なのは言うまでもないが,視線による注意のシフトの影響,さらには,視線の共有(あるいは見つめあい)による社会的単位の明瞭化といったことが起きている可能性が示唆される。