抄録
アイ・トラッキングの手法を用いて,ヒトとヒトに最も近縁なチンパンジー(Pan troglodytes)の眼球運動の比較研究を行った。この試みは世界に先駆けて本研究が初めてである。実験では,ヒト・チンパンジー・その他様々な動物の全身画像を観察中の,ヒト・チンパンジー被験者の眼球運動を記録した。両種の眼球運動は極めてよく類似していたが,同時に興味深い差異も明らかとなった。両種ともに,画像の中でも人物/動物像を,身体部位の中でもとくに顔を長く注視した。また,顔を注視する回数と順序も両種においてよく似ていた。とくに,両種とも写真を提示した直後に顔を注視することが多かった(1・2番目の注視点が顔部位に定位する確率)。しかし,両種において決定的に異なる点は,顔を注視する一回あたりの長さであり,チンパンジーで平均300 ms,これはヒトの平均680 msに比べはるかに短かった。また,チンパンジーの注視点の移動(サッカード運動)はヒトよりも頻繁で,より大きく動く(角度)ことが多かった。これらの結果は,比較認知研究の発展に向けて新たな方法を示すとともに,ヒト特有の視線行動(あるいは情報処理方略)の理解に新しい知見をもたらす。