抄録
[目的]ワカモノ期は成体への準備期間であり(Bogin, 1999)、未成体同士から、成体同士の関係へ移行すると考えられる。ワカモノメスの成体との関係形成に影響する要因として、まず母の存在が挙げられる。母のいないみなしごでは、そうでないメスよりも成体メスから受ける毛づくろいが多い(Yamada et al., 2005)。母娘は最も親密な社会的パートナーであることが多く(Silk et al., 2010)、母との関係が密接であれば、他個体との関係の必要性は低くなるからであると考えられる。今回の研究では、ニホンザルのワカモノ期の社会的発達の過程を明らかにすることを目的とし、母との相互交渉の少なさが、成体メスとの関係形成を促進する、という仮説を検討した。[方法]嵐山ニホンザルE集団の6-9歳齢の未経産メス12頭を対象とし、計270時間の観察を行った。母との相互交渉(毛づくろい交渉、近接)と成体メス(非血縁、10歳齢以上)との毛づくろい交渉を記録し、年齢や順位、母との相互交渉の生起率を説明変数、成体メスとの毛づくろい交渉の生起率と相手数を目的変数とする重回帰分析を行った。[結果]成体メスから受けた毛づくろい生起率は、母に対して行った毛づくろい生起率と近接率が有意な説明力を持っていた(行った毛づくろい生起率: β=0.45, t=2.43, p=0.04; 近接率: β=-7.13, t=-3.87, p=0.004)。さらに、毛づくろいを一度でも受けたことのある成体メスの数は、母から受けた毛づくろい生起率と母との近接率がどちらも有意な負の説明力を持っていた(受けた毛づくろい生起率: β=-0.50, t=-2.29, p=0.05; 近接率: β=-0.48, t=-2.21, p=0.05)。いずれの分析においても、年齢や順位は有意な影響力を持たなかった。つまり毛づくろいを受けることが少なく、毛づくろい以外で母との近接が少ないワカメスほど、多くの成体メスから多くの毛づくろいを受けていた。[考察]未成体は成体メスに対し、一方的に毛づくろいを行うことにより社会関係を構築するといわれている(O'Brien, 1993)。本研究のワカメスが成体メスと行った毛づくろい交渉に関しても、受けた毛づくろい量よりも行った毛づくろい量のほうが有意に高く(対応のあるt検定: t(11)=2.82, p=0.008)、未成体と類似するものであった。しかしワカメスの中でも母との相互交渉が少ない個体では、多くの毛づくろいを成体から受けているため、比較的互恵性は高いと考えられる。ワカメスが将来的に非血縁個体と互恵的な毛づくろい関係を形成する上で、母との密接さが影響する可能性が示唆された。