霊長類研究 Supplement
第27回日本霊長類学会大会
セッションID: B-21
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口頭発表
アフリカ中期中新世の化石類人猿Nacholapithecusにおける弓下窩の消失
*國松 豊中務 真人清水 大輔辻川 寛中野 良彦荻原 直道菊池 泰弘石田 英實
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抄録

 東アフリカ中期中新世の化石類人猿Nacholapithecus kerioiにおいて観察された弓下窩の消失について報告する。
 弓下窩(subarcuate fossa)は頭蓋内腔において側頭骨錐体後面に見られるくぼみである。原猿類、新世界ザル、旧世界ザルでは、ほぼ100%、明瞭な弓下窩が発達する。一方、現生大型類人猿では、この弓下窩がほとんどすべての個体で消失している。テナガザル類でも弓下窩が見られるが若干変異が存在する。Straus (1960)によれば、弓下窩の出現率はHylobates larで88%、H. pileatusで69%、Symphalangus syndactylusで100%である。Spoor & Leakey(1996)では、Hylobates spp.で出現率96%、S. syndactylusで56%と、比較的大型のフクロテナガザル属において出現頻度が低くなっている。
 化石霊長類では、原始的な真猿類であるApidium (Gingerich, 1973)、原始的な狭鼻猿類であるAegyptopithecus(Simons et al., 2007)やPliopithecus(Zapfe, 1952)、さらには前期中新世の原始的な類人猿であるProconsul(Napier & Davis, 1959)には明瞭な弓下窩が存在する。一方、後期中新世のヨーロッパの類人猿であるDryopithecus(Moyà-Solà & Köhler, 1995; Kordos & Begun, 1997)やOreopithecus(Rook et al., 2004)では弓下窩の消失が報告されている。
 これまで中期中新世の類人猿では、弓下窩の有無はよくわかっていなかったが、ナチョラ地域出土のNacholapithecusの側頭骨片において、弓下窩の消失が観察された。弓下窩の消失という特徴は、テナガザル類や、例外的に旧世界ザルのごく一部などでも変異が見られるため注意が必要であるが、現生大型類人猿の派生形質である可能性は大きい。原始的な形質を多く残すNacholapithecusの系統的位置づけはなかなか難しいが、弓下窩の消失は、この種が系統的にテナガザル類の分岐の後、現生大型類人猿の共通祖先に近い位置にいる可能性を高くするものである。

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© 2011 日本霊長類学会
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