抄録
垂直木登り運動は霊長類各種において共通して見られる運動様式であり、種ごとに特異的な運動様式を持つ霊長類の運動進化を比較する指標として考えることが出来る。中でも類人猿の垂直木登り運動は、ヒトの直立二足歩行の獲得過程を解明する際の大きな手がかりの一つとしても注目されている。しかしながら、類人猿の木登り運動の発達過程についてはほとんど知られていない。
この点についての知見を得るため、林原類人猿研究センターにおいて飼育されているチンパンジーを被験体とし、同センター職員の方々の協力を得て、2001年より約6ヶ月ごとにその垂直木登り運動についてビデオによる撮影を行っている。その結果、霊長類の垂直木登り運動には上肢による引き上げと下肢による押し下げの機能が認められるが、加齢に従い、下方への押し出しや足関節の底屈といった下肢における運動機能がより大きく変化する傾向が認められた。しかし、これらは体重データとの相関が大きく、発達的変化よりもむしろ体重増加、すなわち、重力に対する身体支持のための摩擦力を増大させるためではないかと考えられた。また、観察開始時には、各被験体とも、すでに年齢が5歳以上であったが、チンパンジーの歩行実験の結果からは、5歳時にはすでに成体と同様の運動パターンを行うという報告もあり、この点からも結果の再検討が必要で、特にさらに若い個体の結果についてデータを得る必要が認められた。
そこで、林原類人猿研究センターで観察開始後に誕生した個体などのうち、約3才齢から木登り運動を行っていた2頭の個体について、若齢個体でも比較的資料を得やすい四肢の運び順について分析を行った。
チンパンジーの垂直木登り運動における一般的な足の運び順は、Lateral couplet - Diagonal sequence タイプであり、前肢をリリースした後、遅れて同側の後肢をリリースする。把持のタイミングはリリースの際よりも後肢がやや遅れ、前肢より後肢の遊脚期が若干長くなる。3才齢では、この前肢と後肢のリリースの時間差が短くなり、ほぼ同時に行われ、把持においても、前肢と後肢の時間差が非常に短いパターンが見られた。また1頭では、成体では見られないDiagonal couplet - Diagonal sequence タイプの運動も観察された。こうしたパターンは4才齢になると減少し、成体と同様のパターンが多く見られるようになった。これらは、幼齢時の身体プロポーションと関連すると考えられる。