抄録
平静な状態で使用される音声であるコンタクトコールには、近距離の交渉において使用されるものがあり、マカクやヒヒではcooやgirney、gruntといった音声がこれに相当する。これらのコンタクトコールは、成体では親和的な意図を伝達する機能があるとされている(Silk et al., 2000; Whitham et al., 2007)。ベルベットモンキーにおける研究では、異なる種類の警戒音をそれぞれ文脈に特異的に使用し、発達に伴って文脈に適した警戒音の使用を習得することが報告されている(Seyfarth & Cheney, 1986)。本研究は、コンタクトコールにおいても成体と未成体の間で文脈特異性に違いがあるかを明らかにすることを目的とした。具体的には、コンタクトコールは近距離での社会交渉に特異的に使用されるか、交渉相手により異なる種類の音声を使用しているか、という2点をニホンザル成体メスと未成体メスの比較により検討した。
本研究は嵐山E集団(京都市)の未成体メス(0-3歳齢)8頭と、成体メス(7-25歳齢)13頭を対象とした。対象個体が発したすべてのコンタクトコール(coo、girney、grunt)と、コンタクトコールを向けた相手(受け手)が視界内に存在した場合にはその個体名、コンタクトコールを発した後に接近が生じたかを全生起法により記録した。
成体ではgruntとgirneyにおいて、受け手が視界内に存在する割合が高かったが、未成体では音声の種類に関わらず受け手が視界内に存在する割合に違いはみられなかった。コンタクトコールの後に受け手に対して接近した場合、未成体と比べて成体ではgruntを使用した割合が高かった。コンタクトコールの受け手が成体メスであった場合、成体では未成体と比較してgruntを使用した割合が高かった。以上の結果より、成体は未成体よりもコンタクトコールを受け手が視界内に近接しているような近距離の社会交渉の文脈に特異的に使用しており、音声の種類による使い分けを行っている可能性が示唆された。