霊長類研究 Supplement
第28回日本霊長類学会大会
セッションID: A-06
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口頭発表
勝山ニホンザル集団における怪我をした子に対する母親の行動に関する事例研究
*上野 将敬山田 一憲中道 正之
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抄録
 怪我をした他者へ霊長類が行う行動から、彼らの認知能力や行動の柔軟性に関する有益な情報を得られる。霊長類において、怪我を負った同種の個体への行動に関する研究は少なく、怪我をした他者への援助行動の事例報告にも定量的なものはない。他方、ニホンザルにおいて、先天的に四肢に欠損のある子へ、母親が運搬や授乳を手助けすることが報告されている (Turner et al.2005)。子が怪我をして以前のように行動できなくなったとき、ニホンザルの母親はどのように行動するのだろうか。2011年11月、勝山ニホンザル集団において、1.5歳齢の子ザルが左後肢に怪我をし、後肢を用いての移動ができなくなった。本研究では、2011年5月以降、怪我をした子の母親を含む14頭のメスを対象に、ビデオカメラを用いて、個体追跡法による観察を継続的に行っている。そこで、子が怪我をした前後1-2カ月間での、その母子の行動と、同年齢の子を持つ2組の母子の行動を調べた。その結果、怪我をした子の母親だけは、子が怪我をした後、以前よりも有意に多く、子へ毛づくろいを行っていた。しかし、怪我をした子の母親は、子へ授乳や運搬を行ってはいなかった。他の2頭の母親のうち、1頭の母親は、子へ授乳を行っていた。母子が近接しているときに、子がどの程度distress callを発しているのかを調べると、怪我をした子は、怪我をする前に比べて、distress callを発する回数が有意に増加していた。他の2頭の子には、distress callの増加は見られなかった。また、怪我をした子がdistress callを発した直後には、母親から毛づくろいを受けていることが多かった。以上より、ニホンザルの母親は、子が怪我をしたとき、子の働きかけに応じて行動を変化させる柔軟性を持っていることが示された。しかし、後肢の怪我により移動が困難になった子に対して、運搬による援助がなかったため、本研究が報告した母ザルは、子の立場で何が必要なのかを理解してはいなかったのかもしれない。
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© 2012 日本霊長類学会
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