抄録
マカク属はヒト以外の霊長類の属の中で最も広範な気候環境に適応し,熱帯から温帯にかけての広い地域に分布している.従来マカクの顔面頭蓋の多様性に関して,適応的・系統的な観点からいくつもの研究がなされてきたが,顔面頭蓋の形状はアロメトリーにも大きく影響されると考えられる.本研究は13種584個体の成体標本を対象に,幾何学的形態測定と主成分分析を用いて顔面頭蓋のアロメトリー様態を明らかにし,その上でアロメトリーに影響されない変異の適応的・系統的意義の検討を行った.第一主成分の形状変異はサイズに大きく依存し,サイズが大きくなるほど細長い顔を持つ傾向があった.この傾向はマカクを含むヒヒ族に普遍的に見られ,系統的に保守的なアロメトリー様態であると考えられる.一方このアロメトリー軌跡からの残差は,系統関係よりも生息地の気候環境によって説明された.これは,熱帯に生息する種に比べて亜熱帯や温帯に生息する種の方が,同じサイズの個体を比較したときにより丸い顔を持つことを意味する.このような相対的に丸い顔は異なる系統群で独立に出現するため,なんらかの選択圧を反映していると考えられる.より丸みを帯びるほど体積に対する表面積が小さくなるので,比較的寒冷な環境下では生存に有利に働いたのではないかと私たちは推察している.第二主成分以下はサイズに非依存的であり,順に食性,性差,系統などによって説明された.ヒヒ族の他の分類群において頭蓋形状は進化的に保守的でその変異の多くがアロメトリーで説明されるのに対し,一部のマカクは寒冷な気候環境に対する適応によってアロメトリー拘束からの逸脱が起こったと考えられる.