抄録
近年、認知研究あるいは心の研究等さまざまな研究にて注目される野生大型類人猿が、未来にわたって存続可能な状態で生息することが非常に困難な状態にある。その主な理由の一つは、特にヒトに似た遺伝子構成を持つ類人猿では、他の動物種と異なり「人獣共通感染症」のアウトブレークが地域個体群の存続に大きな脅威となっているからである。しかしこれまで野生類人猿の人獣共通感染症の疫学調査結果は極めて乏しい。その理由として、First screeningとして行なわれる血清疫学検査に必要な血液サンプルを野生類人猿から得ることは、非常に困難であることがあげられる。そこで我々は本研究において、野生個体から入手可能な糞便サンプルからのIgA抗体を用いた疫学調査手法の確立を目指した。
まず当研究所で飼育されているチンパンジーの血液サンプルを対象に、人獣共通感染症の原因病原体特異的IgG抗体価を測定した。次に、抗体陽性率が比較的高かったEpstein-Barr virus (EBV)について、糞便から得た抗体抽出試料を用いてELISA法にてIgA抗体を評価した。その結果、抗EBV IgG陽性個体の殆どで糞便中IgA抗体が検出された。またEBV特異的IgG抗体とIgA抗体には相関関係が認められた。さらにウエスタンブロット法において、糞便中IgA抗体によりウイルス抗原特異的バンドが検出された。以上の結果より、糞便を用いた人獣共通感染症の疫学調査手法が確立された。本法は、類人猿の人獣共通感染症に関する実態把握に有用と期待される。