抄録
オスの同盟形成は哺乳類における社会的に最も複雑な繁殖戦略の一つと考えられ,チンパンジーやハンドウイルカなど限られた種でしか報告されていない.群れのサイズ・構成が流動的に変化する離合集散社会を形成するハンドウイルカ類 (Tursiop sp.)では,オスの同盟形成の有無が個体群により異なることが報告され,これにはメスを巡る競争の厳しさや,オスが協同でメスを隔離することの容易さなどが関与していると考えられている.メスを巡る競争の厳しさや隔離の容易さは,群れのサイズによっても異なると考えられ,大きな群れではオスがメスを隔離することが困難なためオスは同盟を形成しないという仮説と,オスのメスを巡る競争がより厳しいためオスは同盟を形成するという仮説があった.これまで社会構造の研究で対象となった個体群の群れサイズは平均 2-14頭と小さく,これらの仮説は十分に検討されてこなかった.そこで本研究では通常 80頭以上の大きな群れを形成する熊本県通詞島周辺のミナミハンドウイルカ (T. aduncus) 個体群を対象にオスの同盟形成の有無を検討した.2012年 5-10月の計 29日,船上から個体識別写真を撮影した.3秒間隔以内に識別された個体は全て互いに同伴していると定義し,同伴の頻度を示す同伴指数を算出した.特に高い同伴指数をもつオスペアは 3組あり,このいずれの組においてもペアのオスは共通する生後1年以上のコドモを連れたメスと高い同伴指数を示した.これは強い同伴関係のオスペアが繁殖可能性の高いメスを他のオスからガードしていることを示しており,これらのオスペアは繁殖のため協同していると考えられた.このことは大きな群れでもオスは同盟を形成することを示唆しており,同盟形成には群れサイズが大きいことによるメスの隔離の難しさよりもオス同士のメスを巡る競争の厳しさがより強く影響していると考えられた.