抄録
オニグルミ(以下クルミ)の種子がニホンリス(以下リス)やネズミ類に貯食されることはよく知られている.貯食場所が母樹より離れて,リスやネズミが採食せず発芽すれば,種子の散布にプラスになる.ただし,リスとネズミ類では群落利用や行動上の特性に違いがあるため,種子散布という点でその違いを明らかにすることには意味がある.
そこで長野県黒姫の「アファンの森」でクルミの種子散布についてリスとネズミ類で比較した.アファンの森は落葉広葉樹が多いが,隣接する国有林はほとんどが人工林(スギ林)で,両者はほぼ直線的に接している.クルミはこの境界部に多くあるため,2タイプの林への散布を比較するのに適している.森林管理によって落枝を束にしている場所や,自然状態でも数本の枝が重なっている場所の下にクルミの食痕が発見される.クルミ食痕はリスとネズミ類で区別ができるため,落葉樹林と人工林でその割合を比較した.
クルミ食痕は 2012年 4月から 2013年 6月に枝の束の中とランダムに選んだ 2m × 2mの区画から収集した.その結果,落葉広葉樹ではリスの食痕 292.5個(リスは種子を 2分するので,半分を 0.5個とした),ネズミの食痕 1151個,人工林ではリスの食痕 219.5個,ネズミの食痕 34個が発見された.
人工林にリスの食痕が多かったのは,リスが樹上性で昼行性であるから,捕食者の危険を避けるために,鬱閉度の高い人工林を利用したからだと考えられる.また,枝束の下にリスの食痕クルミがあったのは,枝束の上で採食したクルミが落ちたものと考えられる.一方,落葉樹林にネズミ類の食痕が多かったのは,ネズミ類の個体数が人工林よりも落葉樹林に多く,またネズミ類が藪の多い落葉樹林の枝束の中で隠れながら採食するためと考えられる.これらの結果は,クルミの種子散布はそこに生息する齧歯類の組成や個体数によって影響を受けることを示唆する.