抄録
前演題で示した細胞および染色体レベルでの現象を、分子レベルで、すなわちDNAの塩基配列の観点から追求している。ヨザル属は、多くの染色体が端部に、大量の構成的ヘテロクロマチンをもつ。そのDNA成分は、187 bpを単位とする大規模な縦列反復配列である。この反復配列は切れやすいと推測される形状をなしている。この切れやすさが染色体変異の原因である可能性を、本演題で提示する。
この反復配列をOwlRepとよぶ。OwlRepはつぎのような特性をもつ。(1) 染色体の端部に大量に存在し、染色体の内部には小規模にしかみられない。(2) ゲノム内での総量は、セントロメアのDNA成分であるアルファサテライト DNA に匹敵するほどの多さである。(3) 187 bpの反復単位の中に多数の小さな反復が存在するという複雑な構造となっている。(4) ヨザル属以外の新世界ザルに、調べた限り OwlRep は見つからない。
以上の特性のうち (3) は、DNAの複製の障害になるものと推測される。一方の鎖を鋳型にしてDNAポリメラーゼがもう一方の鎖を伸長させる際に、鋳型が形成する部分的な2本鎖に頻繁に出会うためである。この障害のために複製が完了しなかった場合は、DNA、ひいては染色体の切断につながりやすいと考えられる。この状態が (2) に示す規模で連続している。そして実際に切れやすいとすると、染色体の内部で切断が起こる方が、端部で起こるより影響は深刻であろう。これは (1) の特性と合致する。前演題で示した染色体変異がヨザル属に特有であることは、OwlRepの (4) の特性と矛盾がない。
以上から、OwlRepの存在および切れやすさが染色体変異の原因である可能性が示唆され、これが本演題の結論である。これが正しい場合、なぜヨザル属でOwlRepが大規模に増幅したかの説明が必要になる。ヨザル属は夜行性であり、OwlRepが夜行性への適応に関与した可能性を、現在検討している。