抄録
ヒトでは、養育者が離乳期の子どもに飲みこみやすく加工された食物、いわゆる離乳食を与える。一方で、ヒト以外の霊長類では、マーモセット科を除き母親でさえ子どもに積極的に食物を渡すことはほとんどなく、子どもは食物を自ら入手し処理する必要がある。ニホンザルのアカンボウは、冬に入る前には母乳のみでは栄養を賄えなくなり、固形物の採食を行う必要がでてくる。ニホンザルにおいて、環境条件が厳しい冬季に、アカンボウがどのような物理的性質の食物を選択し自立した採食を始めるのかは、その生存を考える上で重要である。本研究では、冬季の食物環境が異なる2地域、下北半島と屋久島において、ニホンザルの食物の物理的性質(大きさ、操作の有無、高さ、かたさ)を品目ごとに評価し、「アカンボウは母親と比較し入手や処理がしやすい品目を採食している」と仮説をたて検証した。2009-2010年冬季に下北、2011-2012年冬季に屋久島において、アカンボウとその母親4組を対象に、母子それぞれ各個体を40時間ずつ個体追跡した。3分ごとに活動(採食・休息・移動・毛づくろい・その他)を記録し、その際に追跡個体が採食を行った場合はその食物品目の種名と部位、大きさ、操作の有無、そして高さを記録した。また、2012年冬季に両地域おいて、上記観察期間中に追跡個体が採食した品目を採集し、硬度計にてかたさ(J/m2)の計測を行った。両地域共に、母親と比較しアカンボウは1口で採食できる品目、操作が必要ない品目、そして樹上の品目に限定した場合には、低い位置にある品目に採食時間を費やす傾向にあった。また、両地域共に母親と比較しアカンボウはかたさが2000 J/m2以上の品目はあまり利用しない傾向にあった。食物環境の違いに関わらず、身体能力が未熟なアカンボウにとって、入手や処理がしやすい品目が「食物」として重要であることが示唆された。