抄録
食物分配はヒト以外の動物にみられる利他行動の典型例で、協力社会の進化を理解する上で鍵になる行動として注目されている。これまでチンパンジーの食物分配が注目されてきたが、同じくヒトの進化の隣人であるボノボも食物分配を高頻度でおこなうことが知られている。野生のボノボは日常的に果実を分配する。野生チンパンジーが主に分配する肉と違い、協力的な狩猟や特別な能力が果実獲得には必要とされない。自分でも手に入れることが可能なはずの果実を、なぜ被分配者は要求するのだろうか?食物分配にかんするこれまでの仮説(互恵的分配・圧力に屈した分配など)は、主に「なぜ所有者は貴重な食物を他個体に渡すのか?」という視点からの説明である。しかし、ボノボの果実分配は受け手の視点にたった分析の重要性を示している。コンゴ民主共和国ワンバ村の野生ボノボを対象に2010年から2013年の間に独立個体間(つまり、自由に独立移動のできない子どもと母親間の分配を除く)の食物分配を178事例収集した。そのうち173例が植物性食物(果実・草本)の分配である。これらのデータから、主に次の3点が明らかになった。1.分配者・被分配者ともにオトナメスが中心となっており、優位なメスから劣位なメスへ一方的に分配される。2.周囲に豊富にある果実も分配される。3.隣接集団と遭遇したときには異集団個体とも分配される。このような分配様式は、食物の栄養価値だけに着目したこれまでの経済学的な説明、つまり栄養獲得のために食物分配が必要であるという説明だけでは解釈しきれない。ボノボは食物そのものを目的とした分配以外に、社会関係構築のための儀礼的な食物分配をおこなっている可能性がある。本発表では、この「儀礼的食物分配」仮説を提唱し、フィールドからのデータを基に検証するとともに、今後の課題についても議論したい。