抄録
霊長類におけるInfant handling行動がメスの社会関係に集団レベルでの変化を与える可能性が示唆されているが、このことについて実証的なデータは示されていない(Maestripieri, 1994)。そこで本研究では飼育ワオキツネザル集団を対象に、アカンボウが誕生することで集団の個体間の親和関係が高まるかどうかということを、社会ネットワーク分析を用いて、これまで検討されていなかった集団レベルでの変化という観点から探る。本研究は公益財団法人日本モンキーセンターのワオキツネザル集団を対象に、2013年11月-2014年5月と2014年9月に行った。総観察日数は120日で約470時間の行動データを収集した。分析対象としたチェリー群(オス8-13頭、メス8-11頭)では2014年3-5月に8頭の子が生まれた。親和的行動(近接、毛づくろい)を指標としてソシオグラムを作成した。ネットワーク分析として、ソシオグラムの類似性を月ごとに検討したところ、2013年11月から2014年2月までの連続する月同士では有意な相関があったが、2014年の2月と3月の間では有意な相関が見られなかった。しかし再び2014年3月以降の連続する月同士で有意な相関が確認された。この事実から、2月と3月の間に親和的な社会関係を変動させる要因があったと考えられた。個体の属性を用いて月ごとに親和的行動の生起頻度を比較すると、出産個体か否かによって3月と4月の生起頻度に有意な差が見られる傾向にあった(F =2.83, P =.06)。以上より、個体レベルでは出産個体が実際の出産前後で親和的交渉を増加させる傾向にあったが、集団レベルでは子が生まれ始める少し前から関係性が変動している可能性が示唆された。新生体の誕生が母ザルや周囲の個体の行動を変化させることはこれまで指摘されてきたが、本研究ではネットワーク分析を用いた集団レベルの検討をすることによって、新生体の誕生が集団全体の行動パターンに与える影響についてさらに検討していく。