母系社会を形成するニホンザル(Macaca fuscata)において、メスの群れ離脱は『例外的』な現象であると考えられてきた。今日までにメスの離脱事例は複数の調査地から多数報告されているが、それらの事例の多くは餌付け群からの報告であり、その離脱背景には給餌量の制限や給餌の停止、捕獲による攪乱など人為的な影響が強いと考えられている。一方で、野生群においてはメスの群れ離脱はほとんど観察されていない。今回演者は、純野生群において1頭のオトナメスの長期群れ離脱と、その約1ヶ月半後に起きた群れとの再合流の瞬間を観察したので、その詳細をここに報告する。対象は宮城県金華山島のニホンザルB1群で、調査期間中2015年10月20日を境にオトナメス1頭(Nao、19歳)の存在が確認できなくなった。しかし、その日から52日後の12月10日にNaoは群れと再合流し、演者は再合流直後のNaoの行動と群れ個体の反応を53分間にわたって記録した。再合流地点はB1群の遊動域の端にあたり、群れの利用頻度が極めて低い場所であった。Naoの再合流直後、群れ内で17事例の攻撃交渉が観察され、群れ全体の興奮が高まっている様子であった。さらにNaoは再合流直後、離脱前に親密度が比較的高かった6個体のオトナメスとグルーミングを行った。同時に、Naoの抱擁行動が53分間で7回観察され、そのうち6回は娘個体(7歳)との抱擁行動であった。また、再合流日以降におけるNaoの攻撃交渉や採食場面のサプラントの記録から、母子間で娘が優位となる順位の逆転が起きていることが明らかになった。再合流日までに要した日数や再合流地点を考慮すると、今回Naoは積極的に群れから離脱し続けていたことが考えられる。また、再合流直後のNaoの行動と群れ個体の反応から、少なくとも1ヶ月半の間直接交渉が無かったとしても、母系血縁個体間と非血縁個体間の両方で親和的関係は維持され、非血縁個体間では優劣関係も維持されることが示唆された。