ニホンザルには明確ななわばり防衛行動は知られておらず、行動域は隣接群と大きく重複していることもある。防衛にコストを払わないことにより、より広い行動域を利用することができるが、一方で、競合相手である隣接群との偶発的な接触がおこりうる。特に隣接群間に力の差がある場合、弱い群れにとっては不利益になるため、接触の可能性の高い場所においては接触を避けるように行動を変えていると考えられる。ニホンザルにおいて場所による行動の抑制がおこっているかを確かめるため、隣接する二つの群れを対象に、行動域の中心、周辺部および隣接群との重複域での行動の変化を調べた。特に、広範囲で伝達される発声行動、長時間を費やす休息行動、集合性に着目して分析をおこなった。調査は2007年5月から9月の非繁殖期に、屋久島西部海岸域に隣接して行動域をもつKwA群とKwZ群を対象におこなった。この二群は構成個体数が異なり、接触時には大きい集団であるKwZ群のほうが強いことがわかっている。オトナメス11個体(KwA群5個体、KwZ群6個体)を対象に個体追跡を行い、発声の有無、活動(採食・移動・休息)、周辺個体数の記録を行った。GPSより得られた位置情報からカーネル法により全行動域を中心と周辺部に分けた。また、行動域の重なった部分を重複域とした。両群の行動域の重なりは、KwA群では全体の約半分に対して、KwZ群では2割であった。中心と周辺部での活動の割合に差はなかったが、発声頻度は中心にいるときのほうがやや高く、周辺個体数は周辺部にいるときのほうが多い傾向があった。これらは行動域の周辺部ではやや静かになり、集合性が高くなる可能性を示している。以上の結果は相対的に弱いKwA群でのみ見られたが、予想していたような極端な行動の抑制は見られなかった。一方で、行動域の重複域では非重複域に比べて発声頻度が高いという矛盾する傾向も見られた。他群の存在や資源配置についても考慮する必要がある。