授乳・哺乳行動は,アカンボウの健康な成長に重要であるだけでなく,出産間隔などの繁殖パラメータにも関係する。そのため,飼育下においても,アカンボウの母乳摂取割合を正確に見積もることは重要である。しかし,栄養的母乳摂取をともなわない吸乳行動が見られる,夜間授乳を評価できないなどの問題点から,大型類人猿アカンボウの母乳摂取割合を行動観察から正確に推定するのは困難である。その一方で,安定同位体分析を用いることにより,アカンボウの母乳摂取割合を正確に推定できる可能性がある。食物に含まれる質量数の大きい同位体の割合(同位体比)は,それを摂取した生物の体組織に反映される。安定同位体分析は,この原理を利用して,生物の摂取した食資源の寄与割合を定量的に推定する方法である。母乳には窒素の安定同位体が比較的多く含まれるため,アカンボウ体組織の窒素同位体比を測定することで,母乳摂取割合の年齢変化を推定できる。本研究では,飼育下のオランウータン母子を対象に,授乳行動を出生直後から3~4年にわたって観察し,あわせて同位体分析を実施して,同位体分析によって母乳摂取割合が推定可能かを検証した。多摩動物公園(東京都多摩市)および旭山動物園(北海道旭川市)に飼育されるボルネオ・オランウータン(Pongo pygmaeus)母子それぞれ2組と1組を対象とし,定期的な行動観察と毛の採取を継続した。分析の結果,同位体分析によって,大型類人猿のアカンボウの母乳摂取割合が推定できる可能性が示された。行動観察,安定同位体分析,母親の性ホルモン状態の測定など異なる手法を組み合わせることにより,行動的な離乳,栄養的な独立,母親の発情回帰などの関係を明らかにできる可能性がある。