霊長類研究者は,一頭一頭異なる個体の顔を識別することによって,個体間に血縁関係や順位関係といった社会関係があることや行動傾向が各個体によって異なることを発見してきた。霊長類の行動を研究するためには,長い時間をかけて繰り返し個体を観察して個体識別を行う必要がある。しかし,集団で生活する霊長類の個体識別を習得するためには多くの時間と労力を必要とする。本研究では,霊長類の個体識別を瞬時に行うことのできる装置の開発を目指して,ニホンザルの画像をもとに個体識別を行うプログラムを作成し,動画中のニホンザルの識別を行えるかどうかを検討した。岡山県真庭市神庭の滝自然公園付近に生息する勝山ニホンザル集団,兵庫県洲本市に生息する淡路島ニホンザル集団,及びインターネット上のニホンザル画像をプログラムの作成に用いた。これらの画像をもとに,ベイズの定理に基づいて逐次に状態推定を行うパーティクルフィルタと抽象化能力に優れるディープラーニングを組み合わせ,動画像中のニホンザルの追跡と,ニホンザルの顔画像から個体識別を行うプログラムを作成した。結果として,このプログラムによって,勝山ニホンザル集団における4歳齢以上の66個体に関して,頑健な追跡が可能であることが確認されたが,顔画像による個体識別には課題があることが分かった。本研究で開発する個体追跡・識別プログラムは,野生霊長類の行動研究を行いやすくするだけでなく,猿害対策のための画期的な手段となることが期待される。