霊長類研究 Supplement
第34回日本霊長類学会大会
セッションID: B01
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口頭発表
キツネザル類における苦味受容体TAS2R16の曲鼻猿類特異的変異による機能変化
*糸井川 壮大早川 卓志橋戸 南美今井 啓雄
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抄録

苦味感覚は食物中の毒物を感知するのに重要な役割を果たしており,苦味受容体(TAS2R)を介して知覚される。苦味受容体を活性化する苦味物質はこれまで数多く同定されてきたが,受容体の機能を抑制する阻害物質の報告は少ない。真猿類は20-30個の苦味受容体を持つが,その一つであるTAS2R16は,ヒト上科や旧世界ザルにおいてβグルコシドによって特異的に活性化される。βグルコシドは植物の主要な二次代謝産物であり,毒性を示す青酸配糖体などを含む。本研究では,キツネザル類3種において,TAS2R16のβグルコシドに対する機能を,ヤナギ科植物に含まれるサリシンとツツジ科植物に含まれるアルブチンを用いた細胞アッセイによって解析した。さらに,クロキツネザルを対象として,苦味を浸したリンゴ片による食物選択試験を実施し,行動と分子機能の関連を解析した。その結果,サリシンはキツネザル全3種のTAS2R16をヒト上科や旧世界ザルと同様に活性化させた。一方,アルブチンはワオキツネザルのTAS2R16を活性化させたが,クロキツネザルとエリマキキツネザルでは逆に不活化させた。クロキツネザルにおける食物選択試験の結果は,TAS2R16の機能を直接反映した。アルブチンによるTAS2R16の不活化の原因となるアミノ酸変異を部位特異的変異解析によって探索したところ,曲鼻猿類特異的な1アミノ酸の変異が強く寄与していた。ワオキツネザルで狭鼻猿類的な活性化反応が見られた理由は,このアミノ酸が曲鼻猿類の中で唯一祖先型に復帰変異し,アルブチンに対する活性化機能を再獲得したためであった。ワオキツネザルに特異的なアルブチンに対する活性化機能の再獲得は,彼らの生息する食物環境に適応した結果である可能性がある。また,アルブチンの不活化効果の発見は,苦味受容体の構造生物学的研究への貢献が期待される。

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© 2018 日本霊長類学会
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