霊長類研究 Supplement
第34回日本霊長類学会大会
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第34回日本霊長類学会大会公開シンポジウム
  • 井上 英治, 河村 正二
    原稿種別: 第34回日本霊長類学会大会公開シンポジウム
    p. 12
    発行日: 2018年
    公開日: 2018/11/22
    会議録・要旨集 フリー

    日時:2018年7月15日(日) 13:30-16:30
    場所:1号館地下1階1002教室

    霊長類学はチンパンジーなどを対象にした野外での生態学的研究と実験室での認知能力研究が著名である一方で,遺伝子,発生,疾患モデル,進化などをテーマにした研究も長い歴史がある。従来これらの様々な領域の融合研究は試みられ続けているものの,実質的な成果を上げるのは困難であった。しかし,この状況が大きく変わろうとしている。大規模並列塩基配列決定(次世代シーケンス)技術による全ゲノム配列決定や誘導多能性幹細胞(iPS細胞)化と分化誘導の開発などの近年の目を見張るような技術革新は,大きなうねりとなって霊長類のゲノム,発生,生態,そして進化の研究を繋ぎ,変革している。
    本シンポジウムは,このムーブメントを広く市民に伝えることを目的として,最新のゲノム・細胞研究テクノロジーを用いた,腸内細菌,採食生態,種分化,医科学発生モデル,脳の進化といった幅広い研究を高校生でもわかるように紹介する。

    講演プログラム
    司会 河村正二(東京大学・大学院新領域創成科学研究科)
    13:30-13:35 趣旨説明
    13:35-14:00 「先端技術とフィールド調査―面白い研究ってなんだろう?―」
    松田 一希 (中部大学・創発学術院)
    14:00-14:25 「霊長類の味覚―味覚に関わる遺伝子とその多様性―」
    今井 啓雄 (京都大学・霊長類研究所)
    14:25-14:50 「ゲノム解析が明かす種分化の謎―スラウェシ島のマカクの種分化と二次的接触―」
    寺井 洋平 (総合研究大学院大学・先導科学研究科)
    14:50-15:00 休憩
    15:00-15:25 「最新医科学に貢献する霊長類―霊長類だから知り得たこと―」
    中村 紳一朗 (滋賀医科大学・動物生命科学研究センター)
    15:25-15:50 「ゲノムを通して我が身を知る―ヒトとサルの間にあるもの―」
    郷 康広 (自然科学研究機構・生理学研究所)
    15:50-16:00 休憩
    16:00-16:30 パネルディスカッション

    企画:井上英治(東邦大学・理学部),河村正二(東京大学・大学院新領域創成科学研究科)

自由集会
  • 河村 正二
    原稿種別: 自由集会
    セッションID: W1
    発行日: 2018年
    公開日: 2018/11/22
    会議録・要旨集 フリー

    日時:2018年7月13日(金) 13:00-14:30
    場所:3号館1階3125教室

    学会を法人化することに関する意見交換会を,本大会の総会に先立ち,自由集会の機会を借りて行います。もし日本霊長類学会が法人化されると,どういう良いことがあるのか,法人化にかかる負担はどのようなものか,法人化後の負担はどのようなものか,学会の組織運営は大きく変わるのか,実現までのロードマップはどのようなものか,といったことを日本進化学会の法人化を例に,直接関わった経験を持つ理事の河村から説明します。その後はフリーディスカッションと致します。

    議論の効率化のために,Q&Aを用意したいと思います。本集会の1週間前である7月6日(金)までに,河村の下記電子メールアドレスにQuestionをお寄せください。

    主催:日本霊長類学会理事会
    責任者:河村正二(東京大・新領域)
    連絡先:kawamura@edu.k.u-tokyo.ac.jp

  • 山田 一憲, 上野 将敬
    原稿種別: 自由集会
    セッションID: W2
    発行日: 2018年
    公開日: 2018/11/22
    会議録・要旨集 フリー

    日時:2018年7月13日(金) 13:00-16:10
    場所:3号館2階3225教室

    技術は霊長類学を大きく発展させてきた。個体識別の技術は,サルの行動が血縁や年齢や社会的地位によって異なることを明らかにし,動物研究において欠かせないものとなった。Altmann(1974)に代表されるサンプリング法は,職人技的な観察力を持たなくても誰もが公平なデータを収集できることを担保した。推測統計の進歩は,観察者の「歪んだ」印象を修正したり,観察者が主観的には知覚できなかった要因の影響を検出する役割を果たすこともあった。霊長類学の歴史は,サルの理解が進んだ歴史だけでなく,霊長類研究者がサルに向ける態度やまなざしが変化した歴史でもあったのだろう。
    本集会の目的は3点ある。1つ目は,私たちが取り組んでいるAI技術を用いた研究の紹介である。私たちは,この技術を利用して個体識別と集団の発見と行動観察をおこなう計画を進めている。2つ目は,人間である霊長類研究者がもつ個体識別能力の特徴を検討することである。霊長類研究者を対象とした認知心理学的実験に基づいて,AIと人間の類似点や相違点について検討する。最後は,AI技術の導入によって将来生じうる私たち霊長類研究者の変容可能性について議論をおこなうことである。技術が霊長類研究者の能力を拡張するだけでなく,霊長類研究者を変容させる可能性にも注目することで,霊長類を観察することの新しい意義や楽しさについて議論を深めたい。

    プログラム
    1.趣旨説明:AI技術は霊長類との関わり方を変えるのか
    山田一憲(大阪大学 人間科学部)
    2.深層学習とパーティクルフィルタを用いた動物種追跡
    林 英誉(岐阜大学大学院 自然科学技術研究科)
    3.深層学習を用いたニホンザルの個体識別
    加畑 亮輔(岐阜大学大学院 自然科学技術研究科)
    4.人間の霊長類研究者が用いる顔の情報処理戦略
    上野将敬(大阪大学 人間科学部)
    5.霊長類研究者の変容可能性
    久保明教(一橋大学 社会学部)
    6.フロアを交えた議論

    責任者:山田一憲,上野将敬
    連絡先:yamada@hus.osaka-u.ac.jp

  • 白井 啓, 川本 芳, 森光 由樹
    原稿種別: 自由集会
    セッションID: W3
    発行日: 2018年
    公開日: 2018/11/22
    会議録・要旨集 フリー

    日時:2018年7月13日(金) 14:40-17:50
    場所:8号館6階8603教室

    日本で特定外来生物に指定されているタイワンザル,アカゲザルが野生化し,ニホンザルへの交雑等が問題になっている。
    2004年に青森県下北半島のタイワンザルの全頭捕獲が達成されたのに続いて,2017年12月,和歌山県北部で野生化していたタイワンザルの群れの根絶達成が,5年間の残存個体有無のモニタリングを経て,和歌山県知事によって公表された。366頭目である最後の交雑個体が捕獲,除去された2012年4月30日に根絶が達成されていたことになる。自由集会では群れ根絶の報告とともに,経過をふりかえり学んだことを整理する。
    一方,千葉アカゲザル問題は対策が進められているものの,さらなる課題がある。房総半島南部に野生化しているアカゲザル個体群では,2000頭を超える捕獲,除去が進んでいるものの,半島中央部の房総半島ニホンザル地域個体群に交雑が波及し,ニホンザルのメスが交雑個体を出産しているという緊急事態になっている。そこには国の天然記念物「高宕山サル生息地」もあり,ニホンザル,ひいては房総半島の生物多様性保全のための今後の課題を整理する。
    以上,行政を含む和歌山タイワンザル関係者,千葉アカゲザル関係者から報告し,会員のみなさまと議論する予定である。

    責任者:白井啓,川本芳,森光由樹(保全福祉委員会)
    連絡先:shirai@wmo.co.jp

  • 今村 公紀, 古賀 章彦
    原稿種別: 自由集会
    セッションID: W4
    発行日: 2018年
    公開日: 2018/11/22
    会議録・要旨集 フリー

    日時:2018年7月13日(金) 16:20-17:50
    場所:1号館4階1405教室

    iPS細胞などの幹細胞に代表される細胞研究分野では,新たな現象・メカニズムや革新的技術が日々発見・報告されている。こうした研究の成果は基礎研究の枠に留まらず,発生・生殖工学や医学・創薬・畜産などに順次応用されつつある。長らく生命科学はマウスを中心に展開されてきたが,細胞研究の発展に伴い,「細胞レベル」で様々な哺乳動物種を取り扱うことが可能となってきた。これは霊長類も例外ではなく,これまで霊長類と縁のなかった研究分野の研究者が,霊長類を対象とした研究に新規参入するケースが急激に増加している。そこで,本自由集会では細胞研究者が霊長類をどのようにみており,そして何ができるのかについて,各専門の立場から発表を行い,霊長類研究の今後の展開と可能性について議論したいと考えている。

    話題提供
    ・一柳健司(名大・農)
    ・今村拓也(九大・医)
    ・小林俊寛(生理学研究所)
    ・鈴木俊介(信大・農)

    責任者:今村公紀,古賀章彦(京都大学霊長類研究所)
    連絡先:imamura.masanori.2m@kyoto-u.ac.jp

口頭発表
  • 川口 ゆり, 狩野 文浩, 友永 雅己
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: A01
    発行日: 2018/07/01
    公開日: 2018/11/22
    会議録・要旨集 フリー

    In primates, infants are the special members in a society because they require extensive caretaking from adults. Intriguingly, in some species like chimpanzees, the appearance of an infant is clearly distinguished from that of an adult (e.g. white face) but in other species like bonobos, the appearance is relatively similar between infants and adults. In human previous studies, it is known that there is attentional bias for infants, while quite a few studies examined how adults perceive infants in non-human primates. This study examined viewing patterns for adult and infant individuals in chimpanzees and bonobos using a non-invasive eye-tracker. Fifteen chimpanzees and 6 bonobos participated in this study. We presented to them the pictures of mother-infant dyad of these species (both chimpanzees and bonobos) and an outgroup species (Japanese macaque). The total looking time for the adult and infant faces was analyzed. Chimpanzee participants showed significant infant looking bias to conspecifics. However, they showed marginally significant infant looking bias to the macaques, and neither adult nor infant looking bias to bonobos. The results suggest the existence of infant looking bias, which is supposed to help increasing provability of infant survival in chimpanzees. This bias is provably limited to own species. Conversely, bonobo participants showed significant adult looking bias to chimpanzees and macaques but not for bonobo. These results suggest that chimpanzees and bonobos have species-typical (but not species-general) interest to infants of own and other species.

  • Jie GAO, Masaki TOMONAGA
    原稿種別: Oral Session
    セッションID: A02
    発行日: 2018/07/01
    公開日: 2018/11/22
    会議録・要旨集 フリー

    Bodies are important social cues for animals. Humans show decreased performances in body recognition when bodies are inverted, compared to when they are upright. This inversion effect suggests the configural processing of bodies, which is different from the way used to process other objects. However, it is not known whether it exists in non-human primates. We tested seven chimpanzees using upright and inverted chimpanzee body stimuli and other stimuli in matching-to-sample tasks to examine the body inversion effect in order to understand their body processing. Experiment 1 used stimuli of chimpanzee bodies and houses. Experiment 2 used stimuli of intact bodies, bodies with blurred faces, and faces with blurred bodies. Experiment 3 used stimuli of intact bodies, bodies without faces, only faces, and body silhouettes. The chimpanzees showed the inversion effect to all intact body conditions, indicating the configural body processing. They also showed the inversion effect to faces with blurred bodies in Experiment 2 and to silhouettes in Experiment 3, suggesting the roles of faces and body contours in the inversion effect. The results suggest that chimpanzees use special cognitive processing to process bodies, which is different from the way they use for other objects, and that faces and body contours are important cues for body configural processing.

  • 佐藤 侑太郎, 狩野 文浩, 平田 聡
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: A03
    発行日: 2018/07/01
    公開日: 2018/11/22
    会議録・要旨集 フリー

    ヒトにおいて,他者の怪我を見ることは一般的に嫌悪的であり,ネガティブ情動を喚起することが知られている。チンパンジー(Pan troglodytes)は,他個体の怪我を舐めたり,毛づくろいをすることがしばし観察されている。しかし,その行動の背後にある心理は未解明である。チンパンジーにおいても,他者の怪我は注意を引き,情動を喚起するのだろうか。ヒトに最も近縁なチンパンジーにおける怪我への反応を調べることは,他者の怪我や痛みに対するヒトの心理の進化的起源を探る上で重要である。本実験では,アイ・トラッカーを用いて怪我に対するチンパンジー(Pan troglodytes)の自発的な注視パターンを調べた。怪我のあるチンパンジーの画像と怪我のないチンパンジーの画像を対提示し,どちらに注意を向けるかを検討した。赤い怪我の画像は,その赤さが目立ち,怪我とは無関係に注意を引きつける可能性がある。そのため本実験では,怪我の領域にピクセル単位でスクランブル加工を施す条件も設定した。チンパンジーは,怪我のない個体の画像よりも怪我を負ったチンパンジーの画像を長く見た。一方で,スクランブル加工を施したあとではこのような違いは見られなかった。よって,怪我のある個体への選好注視は,単に怪我が赤いために目立ちやすいというだけでは説明できない。これらの結果は,チンパンジーが怪我を負った個体に自発的に注意を向けやすい可能性を示唆している。今後の研究では,他者の怪我がチンパンジーにとって情動的な意味をもつのかを調べる必要があるだろう。

  • Duncan WILSON, Masaki TOMONAGA
    原稿種別: Oral Session
    セッションID: A04
    発行日: 2018/07/01
    公開日: 2018/11/22
    会議録・要旨集 フリー

    Many primate studies have investigated discrimination of individual faces within the same species. However, few studies have looked at discrimination between primate species faces at the categorical level, especially in chimpanzees. This study systematically examined the factors important for visual discrimination between primate species faces in chimpanzees, including: colour, familiarity and perceptual similarity. Five adult female chimpanzees were tested on their ability to discriminate identical and categorical (non-identical) images of different primate species faces in a series of touchscreen matching-to-sample experiments. After excluding effects of colour and familiarity, difficulty in discriminating between different species faces can be best explained by their perceptual similarity to each other. Categorical discrimination performance for unfamiliar, perceptually similar faces (gorilla and orangutan) was significantly worse than unfamiliar, perceptually different faces (baboon and capuchin monkey). Moreover, multidimensional scaling analysis of the image similarity data based on local feature matching revealed greater similarity between chimpanzee, gorilla and orangutan faces than between human, baboon and capuchin monkey faces. We conclude our chimpanzees appear to perceive similarity in primate faces in a similar way to humans. Information about perceptual similarity is likely prioritised over the potential influence of previous experience or a conceptual representation of species for categorical discrimination between species faces.

  • 徐 沈文, 山田 一憲, 中道 正之, 友永 雅己
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: A05
    発行日: 2018/07/01
    公開日: 2018/11/22
    会議録・要旨集 フリー

    We examined sensitivity to efficiency of foraging in Japanese monkeys (Macaca fuscata) by using an experimental method at the feeding site of the Awajishima Group. Three feeding drawers which contained identical food reward, with different number of weights (condition1 and condition2) or in different food distance (condition3), were presented. Monkeys were allowed to pull each drawer to get each reward in any order. Twenty-five of 399 individuals have participated. The number of trials totaled 4079 during 14 days. We found that monkeys tended to choose the lightest or the nearest food first. These results show that monkeys adjusted their foraging strategies according to the cost of food reward. Sex and age contributed to the high selectivity of the first choice of the lowest load, which could be highly related with body weight. Interestingly, monkeys selected the remaining two choices with the same frequency in both condition1 and condition2. These results indicate that their adjustment of foraging strategies was also affected by the other factors such as social condition, since other individuals around them change constantly during the test sessions. In addition to the social factors, current results can be also discussed on the basis of “contrafreeloading”.

  • Lucie Rigaill
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: A06
    発行日: 2018/07/01
    公開日: 2018/11/22
    会議録・要旨集 フリー

    Several primate species exhibit red skin coloration that can communicated emotional state, dominance status, health condition, and fertility. When we are asked to picture colorful traits of female primates, we can easily think of the shiny sexual swelling of baboons, the geladas' “bleeding heart”, or the Japanese macaques' red mask. We usually don’t picture woman traits. Women seem to lack obvious and/or exaggerated traits of their fertility and/or quality. However, several studies have suggested that men may be able to pick up some facial indices of women fertility, such as variation in skin smoothness and brightness around ovulation. But none has investigated the possible role of the most colorful and appealing trait of the women face, i.e., lips. Women lips are subconsciously connected to fertility and beauty and women seem to compete with each other according to women and men's psychological standard of beauty. This study is the first attempt to investigate the relationship between women fertility, quality and lips coloration, i.e., whether darker/redder lips are associated with ovulation signaling or quality signaling (e.g. parity), from signal content to signal perception (men and women). This study aims to enhance our understanding of how female colorful sexual signals have evolved in non-human and human primates, using methods inspired from primate studies.

  • 貝ヶ石 優, 山田 一憲, 中道 正之
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: A07
    発行日: 2018/07/01
    公開日: 2018/11/22
    会議録・要旨集 フリー

    霊長類において毛づくろいは個体間の絆を強める機能を持つ。ニホンザルを含むほとんどの霊長類では,毛づくろいは通常2頭間で行われる(以下2頭毛づくろい)が,3頭以上が同時に毛づくろいに参加する(以下多頭毛づくろい)こともある。先行研究のほとんどは2頭毛づくろいのみを対象とし,多頭毛づくろいに関する研究はごくわずかである。本研究では,社会ネットワーク分析を用いて,淡路島ニホンザル集団の成体間の2頭毛づくろいおよび多頭毛づくろいのネットワークを比較し,多頭毛づくろいネットワークに特徴的な構造を抽出することを目的とした。スキャンサンプリング法により,餌場を決められたルートで巡回し,その間に発見した成体間の毛づくろいを全て記録した。観察期間は2017年6月から2018年4月の120日間で,計350セッション行った。この期間中に記録した4541エピソードの2頭毛づくろいと540エピソードの多頭毛づくろいを基に,2つの毛づくろいネットワークを作成しネットワークの構造を比較した。多頭毛づくろいネットワークでは,2頭毛づくろいネットワークに比べ,局所的にエッジが密に張られているコミュニティ構造がより強く見られた。ネットワーク上の任意の3頭に着目すると,この3頭が互いに毛づくろい関係を持つ割合は,2頭毛づくろいネットワークよりも多頭毛づくろいネットワークの方が有意に高かった。以上より,多頭毛づくろいネットワークは2頭毛づくろいネットワークよりも凝集性が高く,したがって多頭毛づくろいは,2頭毛づくろいの形で関わるよりも限られた個体間で多く行われていることが示唆された。すなわち多頭毛づくろいは特に親密な個体間で行われることが多いと考えられた。また多頭毛づくろいでは,1度に複数の個体が同時に関わるため,そこに参加する個体にとって他個体との交渉を記憶する負荷が高いと考えられる。そのため多頭毛づくろいは同じ個体間で繰り返し行われるのかもしれない。

  • 豊田 有, 川本 芳, 松平 一成, 濱田 穣, 古市 剛史, Suchinda MALAIVIJITNOND, 丸橋 珠樹
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: A08
    発行日: 2018/07/01
    公開日: 2018/11/22
    会議録・要旨集 フリー

    ベニガオザルはアジアに広く生息するマカク属の1種であり,個体間の社会的順位関係が比較的緩やかな平等的社会をもつ種としてよく知られている。また,雌雄ともに種特異的な形態の生殖器を持ち,性行動様式や社会交渉においても他種では報告がない行動が多いなど,その独自性は際立っている。一方で,これまでベニガオザルを野外で研究した例は非常に少ないため,その生態はいまだに解明されていない点が多い。本発表では,タイ王国に生息する野生のベニガオザルを対象に実施した長期野外研究の成果から,オスの交尾戦略と繁殖成功に焦点を絞り報告する。2015年9月から2017年6月まで,タイ王国カオクラプックカオタオモー保護区にて,この地域に生息する5群(Ting群,Nadam群,Third群,Fourth群,Wngklm群),約400頭の野生ベニガオザルを追跡し,観察できた交尾をすべて記録した。行動観察の結果,オアルファオスの交尾占有率,交尾機会を共有する連合関係の有無など,オスの交尾戦略には群れ間で明瞭な違いが認められた。5つの群れのうち,Ting群には明瞭なアルファオスが存在せず,6頭前後のオスが連合を形成し,群内で起きる交尾の9割以上を占有していた。また,Nadam群とFourth群では,アルファオスとオトナオス1-2頭が連合関係を形成し,9割以上の交尾を占有していた。こうした連合を組むオス同士では,同じメスを共同で囲い込み,交互に交尾をおこなう交尾機会の共有が観察される。一方で,Third群とWngklm群では,アルファオスは連合を組まず,単独で交尾の8割以上を独占していた。本発表では,こうした交尾戦略の詳細に加え,マイクロサテライトDNA10座位の分析結果から判定した父子関係と,群れごとのオス間関係の差異を生み出す要因を血縁構造から分析した予備結果を合わせて報告する。

  • 徳山 奈帆子, 坂巻 哲也, 古市 剛史
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: A09
    発行日: 2018/07/01
    公開日: 2018/11/22
    会議録・要旨集 フリー

    安定した集団を作る動物において,集団形成とは限りある資源(食物,繁殖相手など)を防衛するための手段であり,集団間は多くの場合敵対的である。その傾向はボノボと近縁のチンパンジーで顕著で,集団の出会いは常に敵対的で,他集団の個体を殺害することさえある。しかしボノボでは,集団が出会うと数時間から数日もの間混ざり合って過ごすことがある。その間,攻撃,毛づくろい,遊び,交尾など,集団内で行われる社会的交渉のすべてが異なる集団の個体同士でも行われる。本研究では集団内・集団間の攻撃交渉パターンを比較することで,ボノボの集団への帰属意識や集団間関係を考える。コンゴ民主共和国・ワンバにおいて,野生ボノボPE集団を1889時間追跡し,集団内・集団間の攻撃交渉を記録した。PE集団は近隣の3集団(E1,PW,BI集団)と出会い,815回の集団内攻撃交渉と292回の集団間攻撃交渉が記録された。集団が出会っている間,集団内の攻撃交渉の頻度は自集団だけでいるときよりも低かった。オスはメスよりも他集団個体に対して攻撃的にふるまう頻度が高かった。高順位のオスは低順位のオスよりも他集団個体に対し攻撃的だった。オスが関係しないメス同士の攻撃交渉は,集団内でも集団間でも非常に頻度が低かった。2個体以上で協力して同じ対象を攻撃する行動(連合攻撃行動)の頻度は,自集団個体を攻撃するときよりも,他集団個体を攻撃するときの方が高かった。特にオス同士は,他集団個体を攻撃するときに,自集団個体を攻撃するときの6.7倍もの頻度で連合を組んだ。一方メスは,他集団メスと協力してオスを攻撃することもあった。自集団に対する寛容性が高まり,協力して他集団に対抗することから,オスにおいては集団間にある程度の競合関係があることが示された。対してメスにおいては集団間でも寛容/協力的な関係があった。ボノボの集団間の融和状態は,集団内で主導権を握るメスの行動によりもたらされているのだろう。

  • 壹岐 朔巳, 長谷川 寿一
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: A10
    発行日: 2018/07/01
    公開日: 2018/11/22
    会議録・要旨集 フリー

    闘争遊び(play fight)は広く哺乳類が行う競争的かつ親和的なコミュニケーションである。闘争遊びで使用される「噛みつき」などの攻撃動作は喧嘩(serious fight)においても使用される。そのため,遊びの動作が誤って解釈されてコミュニケーションが破綻する可能性が常についてまわる。実際,一方的な攻撃によるインタラクションの過度な非対称性は遊びを維持する上で障害となる(Pellis & Pellis, 1991)。遊んでいる個体はコミュニケーションを破綻させないために競争的に振る舞いつつも自分と相手の行動を協調させていると考えられているが,その詳細なメカニズムはよくわかっていない。本研究では,(A)遊びの始まり方(双方向に開始されたか・一方的にしかけられたか),(B)直前のインタラクションの状態(対称・非対称・非接触),(C)遊びの開始からの経過時間といったコミュニケーションの文脈がインタラクションの非対称性に与える影響を検討した。分析対象は地獄谷野猿公苑(長野県)における行動観察により取得した0~2歳の野生ニホンザルの2個体間での遊び220バウトである。分析では,双方向に攻撃が行われる対称状態から一方の個体が優勢な非対称状態への遷移確率,および非対称状態の持続時間に対する(A)~(C)の文脈の効果を一般化線形混合モデルにより検証した。分析の結果,①双方向に遊びが開始された場合は一方的に遊びがしかけられた場合と比べて各個体が優勢になる確率の配分が有意に均等に近いこと,②一方的に遊びをしかけた個体が優勢になる非対称状態はバウト開始直後は短いが次第に長くなること,③対称状態の直後の非対称状態は他の状態の後と比べ有意に長いことが示された。これらの結果から,(1)個体間の双方向的なインタラクションへの関与,(2)対称状態による緩和,(3)時間経過に伴う遊びの文脈の共有といった要因がインタラクションの非対称性を安定的に制御する相互的メカニズムとして機能していることが示唆された。

  • 田島 知之, マリム ティトル
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: A11
    発行日: 2018/07/01
    公開日: 2018/11/22
    会議録・要旨集 フリー

    【目的】非血縁成体間で行われる食物移動はヒト社会では日常的な行動だが,ヒト以外の霊長類ではまれである。非血縁の異性間で行われる食物移動には繁殖機会を導く機能があるのではないかと議論されてきた。本研究は,半野生オランウータンについて異性間食物移動と繁殖との関連性を調べた。【方法】マレーシア・サバ州のセピロク・オランウータン・リハビリテーションセンター及び隣接するカビリ・セピロク森林保護区において,元リハビリ個体を含んだ自由生活下にあるボルネオオランウータン(Pongo pygmaeus)を対象とした。1頭のフランジ雄と3頭のアンフランジ雄を個体追跡し,周辺個体を含め,交尾,性器検分,他個体から食物を取ろうとする行動とそれに対する食物保持者の反応を記録した。【結果】90例の異性間食物移動交渉が観察され,51例で実際に食物移動が起こった。しかし,食物移動の直後に性行動が増えるといった直接の寄与はなかった。雌が食物保持者だった時よりも雄が保持していた時の方が攻撃的な反応を示す割合が有意に低かった。特にフランジ雄よりもアンフランジ雄の方が寛容な傾向にあった。また,同一ダイアッドの中では,雄が強制的に雌から食物を取った割合と,雄が強制的に同じ雌へ性器検分を行った割合の間に有意な正の相関関係が認められた。【考察】先行研究が提唱したように,雌が食物移動交渉を通じて雄の性的強制に関する情報を得ることは可能と考えられる。異性間食物移動が直接的に交尾機会を導く機能を持つことはないものの,食物移動交渉を通じて将来の交尾相手の選択に影響を及ぼす可能性がある点で,繁殖との関連性があると考えられる。

  • 峠 明杜, 早川 卓志, 岡本 宗裕, 橋本 千絵, 湯本 貴和
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: A12
    発行日: 2018年
    公開日: 2018/11/22
    会議録・要旨集 フリー
    本研究の目的は,同所的な3種のオナガザル類が(1)どの分類群の昆虫をよく補食するのか,(2)昆虫をどの程度食い分けているのか,を明らかにすることである。オナガザル類Cercopithecus spp.はしばしば異種どうしで混群を形成する。そのメカニズムのひとつとして,ニッチ分化や食い分けが考えられる。昆虫は総じて栄養価が高く,多様性も高いため食い分けが生じやすいと予想される。しかし,直接観察から被食昆虫を種同定するのは難しく,同所的な霊長類が本当に昆虫種を食い分けているかは明らかになっていない。本研究ではオナガザル類の糞からDNAを抽出して塩基配列に基づいて被食昆虫を推定し(DNAメタバーコーディング),3種間で比較した。観察・糞採集は2016年7月~9月,2017年7月~9月にウガンダ共和国カリンズ森林保護区でおこなった。ブルーモンキーC. mitis stuhlmanni,レッドテイルモンキーC. ascanius schmidti,ロエストモンキーC. lhoestiの各1群を対象とした。各群れの遊動域は大きく重なっている。排泄後3分以内に採集した糞217個からDNAを抽出し,被食昆虫を分析した。結果,3種とも,多種類の鱗翅目昆虫(チョウ・ガ類)を高頻度で捕食していた。3種とも成葉上の昆虫を捕まえる頻度が高かったことから,鱗翅目の幼虫を選択的に捕食していたと考えられる。さらに,捕食した昆虫は3種間で大きく重複していた。つまり,少なくとも7~9月の期間では,3種は昆虫種を食い分けていないことが明らかになった。ただし,昆虫を捕獲した樹高は種間で有意に異なっていたため,同じ昆虫を補食しながらも直接的な競争は緩和されていた可能性がある。また,同じ昆虫種の異なる成長段階を捕食した可能性もあるが,DNAでは成長段階を区別できないため検証には至らなかった。
  • 澤田 晶子, 西川 真理, 中川 尚史
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: A13
    発行日: 2018/07/01
    公開日: 2018/11/22
    会議録・要旨集 フリー

    群れで生活する霊長類は,他個体との親和的な関係を維持するために社会的行動をとる。複数の動物種が同所的に生息する環境では,異種間での社会的行動も報告されており,ニホンザルとニホンジカが高密度で生息する鹿児島県屋久島や大阪府箕面市においても,両者による異種間関係(以下,サル-シカ関係)が報告されている。サル-シカ関係の大半は,シカによる落穂拾い行動(樹上で採食するサルが地上に落とした果実や葉を食べる)であるが,稀に身体接触を伴う関係もみられる。本発表では,これまでに発表者らが西部林道海岸域で観察した異種間交渉の事例を報告する。敵対的行動(攻撃・威嚇)と親和的行動(グルーミング),いずれの場合でもサルが率先者になることが多かった。シカへのグルーミングはコドモとワカモノで観察され,サルとシカの組み合わせに決まったパターンはなかった。シカがグルーミングを拒否することはなく,シカからサルへのグルーミングは確認されなかった。コドモとワカモノによる「シカ乗り」も数例観察された。ワカモノのシカ乗りは交尾期(9月~1月)に起きており,前を向いて座った状態でシカの背中や腰に陰部を擦りつける自慰行動がみられた。実際に交尾に至ることはなかったものの,ワカモノにとってはシカ乗りが性的な意味合いをもつことが示唆される。一方のコドモは,非交尾期でもシカに乗ることがあった。その際,シカの首に座ったり背中にぶら下がったりと体位や向きにバリエーションがみられたこと,自慰行動を示さなかったことから,コドモにとってのシカ乗りは遊びの要素が強いと考えられる。先行研究との比較を通して,サル-シカ関係について議論し情報を共有したい。

  • 辻 大和, 三谷 雅純, K.A. WIDAYATI, B. SURYOBROTO, 渡邊 邦夫
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: A14
    発行日: 2018/07/01
    公開日: 2018/11/22
    会議録・要旨集 フリー

    インドネシア・西ジャワ州のパガンダラン自然保護区に生息する野生ジャワルトン Trachypithecus auratus 1群を対象に16か月間の行動観察を行い,彼らの食性とその季節変化を調べた。また,森林の構造および食物の利用可能性との関連性を調べた。調査期間中,対象群は86種(165品目)の植物を食物として利用したが,上位10樹種の採食割合が大部分(63.8%)を占めた。生育本数が多い(あるいは樹冠体積が大きい)樹種が高い割合で利用される傾向が見られた。ルトンの主要食物は若葉(年平均69.9%)で,果実(21.2%)と花(7.6%)がそれに次いだ。若葉は調査期間を通じて常に高い割合で採食されたが,季節によっては果実や花が比較的高い割合で採食された。主要樹種が比較的限られている点,若葉への依存が強い点は,他のTrachypithecus属と同様だった。食性と植物フェノロジーとの関連性を検討したところ,カテゴリベースでは,若い果実の利用可能性が高い時期に採食割合が高くなり,また食物の多様性も増加したのに対して,植物種ベースでは主要樹種3種(Cynometra ramiflora, Swietenia macrophylla, Pterospermum javanicum),葉の利用可能性と採食割合の間に正の相関がみられた。以上より,ルトンの通年の食性は基本的には森林構造で決まるが,特定の樹種に対して高い嗜好性がみられること,各月の食性はその月の主要品目によって比較的柔軟に変わることが示唆された。

  • 井上 陽一, Waidi SINUN, 岡ノ谷 一夫
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: A16
    発行日: 2018/07/01
    公開日: 2018/11/22
    会議録・要旨集 フリー

    マレーシア・サバ州のダナムバレー保護区で雌テナガザル(Hylobates funereus)による交尾時の音声を観察した。この音声は二つの音要素からなり,そのうちの一つは交尾時音声に特有であった。また,この音声の半数近くは縄張り境界付近で観察された。交尾は歌の最中にも起こり,しばしばこの音声が歌に挿入された。霊長類における交尾行動に伴う雌の音声は受胎の信頼性を雄にアピールし雄からの保護や子育て支援を引き出し,子殺しを防ぐ機能があると考えられている。一夫一妻の家族生活を基本とするテナガザルの社会では雌が雄にそのようなアピールをする必要性はない。しかしながら,今回交尾行動に伴う雌の明瞭な音声が観察された。この事実はテナガザルの一夫一妻関係が不安定であることを示唆するのではないかと考えられる。サバ州のダナムバレーとインバック両保護区でこれまで4つのグループを長期間追跡したが,そのうち3つで大人雌が失踪し,うち2つで新たな雌が流入した。この地域のテナガザルの社会では雌の群れ間移動が頻繁に起こっている可能性がある。

  • 島田 将喜
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: A17
    発行日: 2018/07/01
    公開日: 2018/11/22
    会議録・要旨集 フリー

    タンザニア・マハレのチンパンジー(Pan troglodytes schweinfurthii)のM集団の道具使用をギニア・ボッソウのチンパンジー(P. t. verus)のそれと比較した場合,前者の道具の主な素材は植物質であり,アリ釣りに代表されるように細い植物への操作を伴う行動が多い一方,後者は植物に加えて岩石が主な素材であり,ナッツ割りに代表されるように同時に複数の物体や行為の組み合わせる行動が多い。またマハレではオトナのアリ釣りの頻度はメスの方が高く,ディスプレイの頻度はオスの方が高い。本研究では,幼年期の物体保持行動はオトナ期以降の道具使用の準備であるとする仮説が,各集団の道具使用の形成を説明できるかどうかを検討した。2008年から2017年にかけて断続的に10年間(合計161調査日),マハレM集団を対象とした長期調査を行った。アドリブサンプリング法を用いて,保持した個体や保持された物体を記録した。718例の物体保持のうち622例が植物,48例が岩石だった。岩石は39例がディスプレイに用いられた。同時に複数の物体を保持する例は3.2%だけで,物体同士を組み合わせる行動は一度も観察されなかった。社会的遊びにおいて複数の個体が同時に物体を保持する例のうちの43.2%が,同一物体の保持や役割交代の事例だった。アカンボウは,オス・メスともにコドモは社会的遊びや弄びが大半を占めたが,メスではコドモ期以降アリ釣りが急増し,オスではオトナになってディスプレイが急増した。環境の影響を否定するものではないが,物体保持の初期発達は集団によって異なり,所属集団の道具使用の特徴は,物体保持の初期発達に影響を与えていることが示唆された。

  • 松田 一希, Xyomara CARRETERO-PINZÓN, Nicola K. ABRAM, Danica J. STARK, Sen ...
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: A18
    発行日: 2018/07/01
    公開日: 2018/11/22
    会議録・要旨集 フリー

    テングザルは,ボルネオ島の沿岸部,川沿いの森に生息している。マングローブ林における本種の直接観察は,林床のぬかるみのひどさから困難を極め,長らく林内への追跡を諦めてきた。本研究では,テングザルにGPS内蔵の首輪を装着することで,今まで謎に包まれていた本種のマングローブ林での遊動様式を初めて明らかにすることに成功した。本研究の目的は,1)マングローブ林に生息するテングザルのより正確な遊動パタンを明らかにし,2)それを川辺林のデータと比較することで,マングローブ林の価値を再考することである。調査地は,マレーシア・サバ州のキナバタンガン下流域に広がるマングローブ林である。テングザルの雄1頭にGPS内蔵首輪を取り付け,2013年4月から2014年6月までの15カ月間その移動データを収集した。05:00から19:00の毎時一点の位置データを収集した(合計6,283点)。観察期間中のテングザルの遊動域は,113ha(50m×50mグリッド解析),74ha(95%カーネル),166ha(最外郭法)と推定され,一日の平均移動距離は860mであった。これは,過去に推定されていたマングローブ林における本種の遊動域(900ha)を大幅に下回る結果であった。また,グリッド解析により明らかとなっている,川辺林に生息するテングザルの遊動域(138ha)よりも狭い範囲を移動していることが明らかとなった。一方,テングザルはマングローブの森を一様に利用しているわけではなく,その遊動範囲の50%以上はマヤプシキ(ハマザクロ科)群落を利用していることが明らかとなった。

  • 中川 尚史
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: A19
    発行日: 2018/07/01
    公開日: 2018/11/22
    会議録・要旨集 フリー

    旧世界ザルとして初めての社会的慣習として知られるようになった抱擁行動。リップスマックという表情やガーニーという音声を伴うことが多く,触覚,視覚,聴覚の信号からなる複合感覚信号という点でも注目されている(Shimooka & Nakagawa, 2014)。宮城県金華山島では対面型で,向き合った相手の体に腕を相互に回し体を大きく前後に揺するのに対し,鹿児島県屋久島では,対面型のほかに側方や後方からも腕を回し,相手を掴んだ掌の開閉動作を伴うという違いがある(Nakagawa et al., 2015)。共通点としては,リップスマックやガーニーを伴うこと以外に,闘争直後や毛づくろいの中断時に代表されるような緊張場面で起こり,その直後は毛づくろいに移行することから,緊張を緩和し,毛づくろいへの移行を促進する機能があると言われている。他方,抱擁行動の知られていない個体群も知られているが,同様の機能のある代替行動は不明である。本発表では,Shimooka & Nakagawa(2014)で記載された上述のような金華山での典型的な抱擁以外にどのようなパタンの変異があり,代替行動と見なせるのかについて報告する。1984年11月から2013年3月までの間に断続的に行った金華山A群の調査で得られた抱擁行動のすべての事例をもとに分析を行った。その結果,抱擁の方向としては既報どおり対面型しか見られなかったものの,向き合った2頭のうち1頭しか腕を回していない事例,さらには2頭とも腕を回さずもはや抱擁ではないがリップスマックやガーニーは見られる事例があり,生起した文脈から緊張緩和の機能があり,代替行動と考えられる行動が見られた。以上のように明らかな代替行動から典型的な抱擁までの間に様々な中間型が見られたことで,抱擁行動の文化の形成過程を探る示唆が得られた。それと同時に,典型的な抱擁は,いずれかの信号が欠けても同じ効果がある冗長な信号なのか,あるいは効果が異なってくる非冗長な信号なのについても示唆が得られるだろう。

  • Sosa SEBASTIAN, Ivan PUGA-GONZALEZ, Hu Feng HE, Peng ZHANG, Xiao Hua X ...
    原稿種別: Oral Session
    セッションID: A20
    発行日: 2018/07/01
    公開日: 2018/11/22
    会議録・要旨集 フリー

    How animals interact and develop social relationships in face of sociodemographic and ecological pressures is of great interest. New methodologies, in particular Social Network Analysis (SNA), allow us to elucidate these types of questions. However, the different methodologies developed to that end and the speed at which they emerge make their use difficult. Moreover, the lack of communication between the different software developed to provide an answer to the same/different research questions is a source of confusion. The R package ‘Animal Network Toolkit’ (ANT) was developed with the aim of implementing in one package the different social network analysis techniques currently used in the study of animal social networks. Hence, ANT is a toolkit for animal research allowing among other things to: 1) measure global, dyadic and nodal networks metrics; 2) perform data randomization: pre- and post-network (node and link permutations); 3) perform statistical permutation tests. The package is partially coded in C++ for an optimal computing speed. The package gives researchers a workflow from the raw data to the achievement of statistical analyses, allowing for a multilevel approach: from the individual's position and role within the network, to the identification of interactional patterns, and the study of the overall network properties. Furthermore, ANT also provides a guideline on the SNA techniques used: 1) from the appropriate randomization technique according to the data collected; 2) to the choice, the meaning, the limitations and advantages of the network metrics to apply, 3) and the type of statistical tests to run.

  • 川添 達朗, Sosa SEBASTIAN, 張 鵬
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: A21
    発行日: 2018/07/01
    公開日: 2018/11/22
    会議録・要旨集 フリー

    オスの移籍は霊長類に一般的な現象で,移籍個体は移籍に伴う様々な利益とコストに応じた行動的戦術をとる。オス間の親和的行動は緊張緩和をもたらし,これらの戦術の一端であると考えられるが,集団移籍への影響について量的なデータを基づいた検討は多くない。本研究では,野生ニホンザルのオスにおいて,特定の集団の周辺で新たに観察されるようになったオス(移籍オス)の親和的関係が,その後の集団への加入に与える影響を分析することを目的とする。宮城県金華山島で2008~2009年に観察された移籍オス18頭を分析の対象とした。ネットワーク分析によりネットワーク指標(固有ベクトル中心性,重みづけ中心性)を算出した後,ネットワーク指標と非ネットワーク指標(季節,年齢区分,優劣)を説明変数,その後の集団への加入の有無を応答変数とする一般化線形混合モデルによるロジスティック回帰分析を行った。固有ベクトル中心性と重みづけ中心性が高かった移籍オスは,次の季節にも集団に滞在しつづけ安定した集団メンバーとなる傾向があった。一方,これらの二つのネットワーク指標の値が小さかった移籍オスは次の季節には集団を離れ,集団の周辺でも観察されなくなる傾向があった。移籍オスが観察されるようになった季節や年齢区分,優劣などの非ネットワーク指標は移籍に影響しなかった。これらの結果は,オス間の親和的関係がその後の移籍の有無と関連していることを示している。他のオスと親和的関係を構築することによって攻撃を受ける可能性が減り,移籍が促進される可能性が示唆される。

  • 小川 秀司, Mukesh CHALISE, Sunil KHATIWADA, Bishnu PANDEY, Sabina KOIRALA, ...
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: A22
    発行日: 2018年
    公開日: 2018/11/22
    会議録・要旨集 フリー

    ネパールのShivapuri-Nagarjun国立公園にはアッサムモンキー(Macaca assamensis)とアカゲザル(M. mulatta)が生息している。そこで私達は主に2014年7月から2015年4月(期間1)と2017年4月から2018年3月(期間2)に両種の観察を行った。両種は複雄複雌群を形成しており,複数の野生群の他に軍隊の残飯に餌付けされたアッサムモンキーの群れ(AA群)とアカゲザルの群れ(RA群)がいた。期間1には両群が餌場に現れたが,両群の関係は敵対的だった。また,同国立公園に隣接するBalaju公園には観光客に餌付けされたアカゲザルの群れ(RB群)がおり,期間2に同国立公園と同公園でAA群とRB群が出会った際には激しい攻撃的交渉が行われた。ところが,期間2にはアカゲザルのオトナオス2頭がアッサムモンキーのAA群と共に餌場に現れ,時にアッサムモンキーのオスと親和的社会交渉を行った。さらに,期間2には別のアカゲザルのオトナオス2頭がアッサムモンキーの野生群(AS群)にずっとついてゆくことも観察された。一方,アッサムモンキーの群れ外オスが観察されることはなく,アッサムモンキーのオトナオスがアカゲザルの群れについていくことはなかった。

  • 清野 未恵子
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: A23
    発行日: 2018/07/01
    公開日: 2018/11/22
    会議録・要旨集 フリー

    人々の住環境を利用するニホンザル群(以下,加害群)と人々との軋轢は,1970年代後半から今に至るまで社会問題となっている。そうした事態に対し,被害を及ぼすニホンザルそのもの,被害が発生している環境,被害管理をおこなう人間側の3つを対象に被害管理が進められてきた。猿による被害(猿害)は,ニホンザルが,山の食物ではなく農作物などの人工物を食物として選ぶことによって起こるが,加害群の農地採食に関する研究は,自然群と比較すると少ない。したがって,現在の被害対策が,農地採食にどのように影響し,実際の被害軽減にどのような影響を及ぼしているのか,といった視点での研究も不足している。そこで本研究は,加害群の採食パッチとしての農地等の利用実態を明らかにし,現在進められている被害管理とどのような関連があるのかを明らかにした。調査地は兵庫県篠山市で,調査対象は篠山市に生息する5群のなかで最も加害レベルの高いC群とした。調査地では,できる限り人馴れを進めない形で,テレメトリなどを用いて群れの遊動を調査した。C群が集落周辺に滞在している場合は,集落内の田畑に出没しているかどうかのエピソードとその内容(田畑に侵入した個体数,性別,行動)を秒単位で記録した。採食行動を観察できた場合には時間と行動をアドリミナリーに記録した。また,遊動域内で取り組んでいる被害対策についても,情報を整理した。これらから,ニホンザル加害群を対象とした採食行動研究の可能性と課題ついて考察する。

  • 森光 由樹, 山端 直人, 鈴木 克哉
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: A24
    発行日: 2018/07/01
    公開日: 2018/11/22
    会議録・要旨集 フリー

    ニホンザルの群れが長距離移動する事例は,これまでいくつかの地域で観察されている。兵庫県北部に生息している,美方A群が約35kmの長距離を移動したので,その要因と今後の問題点について報告する。兵庫県北部の群れは美方A群を含めて3群のみが生息している。すべての群れが農業被害を起こす群れで水稲,夏野菜などに被害がある。2016年の美方A群の個体数調査では15頭で,そのうち成獣メスは5頭のみで絶滅が危惧されている。被害防除しながら絶滅を防止することが求められている群れである。兵庫県と香美町は,有害駆除捕獲を制限し,サル監視員による群れの監視と追い払い(365日)及び,サルに効果的な電気柵を普及させた。サル監視員による農地やその周辺での年間の目視率は,2012年50%であったが,2016年15%まで減少した。2017年7月中旬に生息地から群れが突如不明となり,その後,電波発信器の発信や聞き取り調査で情報収集が行われたが,群れの確認はできなかった。2017年9月に鳥取県八頭町で電波発信器を装着した群れの情報があり長距離移動が確認された。群れは長距離移動した新たな地域で,果樹や野菜に農業被害を発生させている。移動ルートの氷ノ山は広葉樹林帯であるが,定着することは無かった。群れが移動した要因は,被害対策が進みサルが農作物を採食することが困難になったことが考えられた。兵庫県ではニホンザル特定鳥獣管理計画が策定され,保全と管理が進められている。しかし隣接する鳥取県では特定鳥獣管理計画の策定はなく,また,八頭町では,有害駆除が積極的に進められていて,電気柵などを用いた被害防除は普及していない。兵庫県,鳥取県,岡山県に生息しているニホンザルの分布は少なくそれぞれ孤立しており,保全上,重要な地域であると考えられる。今後,地域絶滅が危惧されていて広域管理が必要である。

  • 川本 芳, 白井 啓, 直井 洋二, 萩原 光, 白鳥 大佑, 下稲葉 さやか
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: A25
    発行日: 2018/07/01
    公開日: 2018/11/22
    会議録・要旨集 フリー

    (目的)房総半島で拡大するマカク外来種との交雑につき,アカゲザル以外に影響するマカク種の可能性を検討することを目的にした。(方法)房総半島丘陵地帯のニホンザル生息地域とアカゲザルが野生化した半島南端地域を調査し,国および県の事業で捕獲した個体の血液試料を用いてY染色体DNAを分析した。はじめに,多型を示すマイクロサテライトDNA(STR)3座位の組み合わせで区別できるハプロタイプの分布状況から交雑地域を推定した。この結果をもとに,ニホンザル生息域で交雑が疑われる個体が持つTSPY遺伝子を解読し,既報配列と比べてその起源を推定した。(結果)Y染色体STR多型では,半島南端のアカゲザル母群と丘陵地帯のニホンザルに種特異的な複数のハプロタイプが識別できた。一方,勝浦市の複数のニホンザル群ではアカゲザル母群に検出されない外来種由来と思しきハプロタイプ(Xタイプと呼称)を認めた。これらの群れは他の遺伝標識からも交雑が裏付けられた。XタイプにつきTSPY遺伝子配列を決定したところ,中国のアカゲザルおよびベトナムのカニクイザルで報告のある配列と一致した。(考察)千葉県(2013)の報告でも勝浦市の交雑率は高く推定され,半島南端に定着したアカゲザルとはちがう外来種の影響が疑われる。この可能性につき,文献等から考察する。

  • 和歌山タイワンザルワーキンググループ(口頭発表者:白井啓,野生動物保護管理事務所)
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: A26
    発行日: 2018/07/01
    公開日: 2018/11/22
    会議録・要旨集 フリー

    侵略的外来種は,国際自然保護連合(IUCN)によって野生生物の三大絶滅要因の一つに位置付けられているほど,生物多様性への脅威となっている。我が国において特定外来生物タイワンザルやアカゲザルが野生化し,在来種ニホンザルへの交雑等が大きく問題視されている。和歌山県は県北部に野生化したタイワンザルの群れを,ニホンザルの交雑防止のために捕獲,除去するとして1999年以降,事業を実施し,2017年根絶の達成を公表した。本発表では,和歌山県の対策およびそれを支援したさまざまな立場の方々のさまざまな活動をふりかえり,外来種対策として総括する。そして和歌山タイワンザル対策において学んだことを整理し,他の外来種対策へフィードバックするべきことを示したい。同時に,和歌山,紀伊半島のタイワンザル問題としての次の課題について触れておく。

  • 糸井川 壮大, 早川 卓志, 橋戸 南美, 今井 啓雄
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: B01
    発行日: 2018年
    公開日: 2018/11/22
    会議録・要旨集 フリー

    苦味感覚は食物中の毒物を感知するのに重要な役割を果たしており,苦味受容体(TAS2R)を介して知覚される。苦味受容体を活性化する苦味物質はこれまで数多く同定されてきたが,受容体の機能を抑制する阻害物質の報告は少ない。真猿類は20-30個の苦味受容体を持つが,その一つであるTAS2R16は,ヒト上科や旧世界ザルにおいてβグルコシドによって特異的に活性化される。βグルコシドは植物の主要な二次代謝産物であり,毒性を示す青酸配糖体などを含む。本研究では,キツネザル類3種において,TAS2R16のβグルコシドに対する機能を,ヤナギ科植物に含まれるサリシンとツツジ科植物に含まれるアルブチンを用いた細胞アッセイによって解析した。さらに,クロキツネザルを対象として,苦味を浸したリンゴ片による食物選択試験を実施し,行動と分子機能の関連を解析した。その結果,サリシンはキツネザル全3種のTAS2R16をヒト上科や旧世界ザルと同様に活性化させた。一方,アルブチンはワオキツネザルのTAS2R16を活性化させたが,クロキツネザルとエリマキキツネザルでは逆に不活化させた。クロキツネザルにおける食物選択試験の結果は,TAS2R16の機能を直接反映した。アルブチンによるTAS2R16の不活化の原因となるアミノ酸変異を部位特異的変異解析によって探索したところ,曲鼻猿類特異的な1アミノ酸の変異が強く寄与していた。ワオキツネザルで狭鼻猿類的な活性化反応が見られた理由は,このアミノ酸が曲鼻猿類の中で唯一祖先型に復帰変異し,アルブチンに対する活性化機能を再獲得したためであった。ワオキツネザルに特異的なアルブチンに対する活性化機能の再獲得は,彼らの生息する食物環境に適応した結果である可能性がある。また,アルブチンの不活化効果の発見は,苦味受容体の構造生物学的研究への貢献が期待される。

  • 橋戸 南美, 糸井川 壮大, 早川 卓志, Amanda D MELIN, 河村 正二, Colin A CHAPMAN, 松田 一希, 今 ...
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: B02
    発行日: 2018年
    公開日: 2018/11/22
    会議録・要旨集 フリー

    旧世界ザルには,種子や果実食傾向の強いオナガザル亜科,複雑な胃をもち葉食傾向の強いコロブス亜科が含まれる。一部の葉には毒性を示す二次代謝産物が含まれており,動物は苦味受容体(TAS2R)によりこれらの物質を検知して食物選択をしている。これまでに旧世界ザルを対象にした全苦味受容体遺伝子(TAS2R)の多様性解析を行った。その結果,コロブス亜科の多くのTAS2Rはオナガザル亜科と同様に保存的進化傾向を示す一方で,一部のTAS2Rは多様化していることが明らかになった。これまでの研究では生息地の異なる種間で比較を行っていたため,採食行動の違いと味覚の違いを直接的に比較することは困難であった。そこで本研究では,同所的に生息する旧世界ザルを対象にした苦味受容体遺伝子とその機能の種間比較を行うことで,味覚と採食行動の関係を直接的に比較した。ウガンダ共和国キバレ国立公園に同所的に生息する旧世界ザルを対象とした。これまでにベルベットモンキー(Chlorocebus aethiops),アカコロブス(Procolobus badius),アビシニアコロブス(Colobus guereza)のフンから抽出したDNAを用いて,約30種類の全苦味受容体遺伝子の配列を決定した。また,アカコロブスやアビシニアコロブスは,βグルコシドの一種で毒性の高い青酸配糖体を含む葉を食べることが報告されている。そのため,βグルコシドを受容するTAS2R16に着目して,細胞アッセイによる受容体機能解析を行った。βグルコシドの一種であるサリシンに対するTAS2R16の反応性を調べたところ,アビシニアコロブスのTAS2R16はアカコロブスやベルベットモンキーに比べて,有意に反応性が低いことが明らかになった。3種における苦味受容体レパートリーおよびTAS2R16の反応性の多様性について,3種における食性や消化能力の違いに着目して議論する。

  • 松下 裕香, 竹崎 直子, メリン アマンダ, 河村 正二
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: B03
    発行日: 2018/07/01
    公開日: 2018/11/22
    会議録・要旨集 フリー

    多くの新世界ザル種はL/MオプシンのX染色体一座位遺伝子多型によって,色覚多型を有している。その中でホエザル属は唯一,遺伝子重複により縦列したL及びMオプシン遺伝子を同一X染色体上に有している。我々はこれまでに,ホエザルのL/Mオプシンには通常のL,Mオプシンとは吸収波長の異なるL/M hybrid遺伝子が高頻度に存在することを報告してきた。一方で,旧世界霊長類はホエザルと類似して縦列したL及びMオプシン遺伝子を有している。しかし旧世界霊長類におけるL/M hybrid遺伝子の存在は極めて稀であることが報告されている。我々はこれまでに,旧世界霊長類のテナガザル属において,遺伝子変換によるL-M遺伝子間の均質化に抗して,LとMオプシン間の吸収波長の相違が自然選択で維持されていることを示している。しかし,同様の均質化と自然選択がホエザルや他の旧世界霊長類でも起こっているかは不明だった。そこで,我々はホエザル及び様々な旧世界霊長類に対して,ターゲットキャプチャー法と次世代シーケンシングにより,イントロンを含めたL/M遺伝子領域を取得し,L-M間塩基相違度の解析を行った。旧世界霊長類に対して,ホエザルではイントロンを含め,LとMオプシン遺伝子の間の塩基相違は全体に高く,遺伝子変換による均質化は不明だった。また,その塩基相違の高さは,他の新世界ザルでのL/Mアリル間の塩基相違と類似していた。遺伝子変換による均質化が見られなかったにもかかわらずホエザル属は高頻度のL/M hybrid遺伝子を有している。このことから,ホエザル属では旧世界霊長類と異なり,他の新世界ザルと同様に,色覚の多様性をもたらす選択圧が働いていると考えられる。

  • 井上 英治, 小島 梨紗, 山田 一憲, 大西 賢治, 中川 尚史, 村山 美穂
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: B04
    発行日: 2018年
    公開日: 2018/11/22
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    ニホンザル(Macaca fuscata)は,マカカ属の中で,優劣スタイルが厳しい専制型に分類されているが,寛容性の程度には種内差がある。寛容性に影響する遺伝子の候補として,本研究では,カテコール-O-メチルトランスフェラーゼ(COMT)遺伝子に着目した。ヒトではCOMT遺伝子のexon4のSNPがAアレルである場合,社会的なストレスを感じやすいことが示唆されている。また,最近,飼育ニホンザル集団において,intron4にSNPがあり,Tアレルを持つ個体の方が,ストレスを受けやすいことが報告されている。本研究では,COMT遺伝子の種内差および種間差が寛容性に与える影響について解析した。寛容性が高い集団(淡路島,小豆島,屋久島)と,寛容性が低い集団(金華山,嵐山,勝山,幸島),計7集団のニホンザルDNAサンプルを用いて,COMT遺伝子の塩基配列の一部を決定した。また,他の狭鼻猿類の変異について,データベースに登録のある配列で確認した。ニホンザルの塩基配列を決定した結果,ヒトで変異が報告されているexon4のSNP部位は,解析したすべてのニホンザルでAであることがわかった。データベースを確認したところ,他の多くの狭鼻猿類がTであるのに対し,アカゲザルでもAであることから,専制的なマカカ属では,ヒトにおいて社会的なストレスを感じやすいとされているAアレルを持っていると考えられる。また,先行研究でストレスとの関連が報告されているintron4のSNPについて,金華山・嵐山ではTが相対的に多く,勝山・幸島・淡路島・小豆島・屋久島ではTがほとんどないことがわかった。この結果から,寛容性が高い集団ではストレスを感じやすいとされるTアレルを持つ個体はほとんどいないが,Tアレルを持つ個体がいなかったとしても必ずしも寛容性が高くなるわけではないと考えられる。以上の結果は,COMT遺伝子の変異が,マカカ属の集団の寛容性に影響していることを示唆している。

  • 郷 康広, 辰本 将司, 石川 裕恵
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: B05
    発行日: 2018/07/01
    公開日: 2018/11/22
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    高品質の新規ゲノム配列決定には,長い配列(ロングリード)を効率よく取得する必要がある。10X Genomics社Chromiumシステムは,一本鎖DNA分子ごとに固有の分子タグの付加,同一分子タグを持つリードごとのアセンブルをおこなうことで合成ロングリード(synthetic long-read)を得る構成になっている。Chromiumシステムを用いてニホンザルの新規全ゲノム配列の決定を行った。解析の結果,アカゲザルの参照配列よりも長いscaffold N50長が得られた(Scaffold N50 = 44 Mb)。アセンブルの正確性も既存の参照配列と同等であった。同様に,ヒガシチンパンジー(Pan troglodytes schweinfurthii)に関しても新規ゲノム配列の決定し,既存のニシチンパンジー(P. t. verus)との亜種間比較も行っている。新規にゲノム配列を決定することで,いままでのマッピングベースによる一塩基多型(SNVs)や短い挿入・欠失変化だけでなく,数キロから数メガ単位の大規模な構造変化の詳細も明らかにすることが可能になった。

  • 古賀 章彦, 平井 百合子, 鵜殿 俊史, 松林 清明, 平井 啓久
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: B06
    発行日: 2018/07/01
    公開日: 2018/11/22
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    ヒトとチンパンジーの間で,ゲノムの特性に,2つの大きな違いがある。[1] 染色体端部の構造の多様性が,ヒトではチンパンジーより高い。[2] チンパンジーの染色体の末端には大規模なサテライトDNAがある。[1] は具体的には,染色体間でのセグメント重複や遺伝子変換が,ヒトで高頻度でみられることである。[2] のDNAは,subterminal satellite repeatsとよばれる冗長な配列であり,ヒトにはない。[1] は,チンパンジーの方で多様性が低いと,言い換えてもよい。我々は,[2] が [1] の原因となっているとの仮説を立て,検証を行っている。一般に,染色体上のある地点で乗換え(遺伝情報の観点からは組換え)が起こると,その近辺では乗換えが抑制される。チンパンジーではサテライトDNAの部分で乗換えが頻繁に起こり,その結果として,内側に隣接する部分(ヒトの染色体端部に相当)で乗換えの頻度が下がり,これが多様性の低下をもたらすというのが,想定する機構である。この仮説の出発点としての「サテライトDNAの部分で乗換えが頻繁に起こる」につき,精子形成の減数分裂の推移を観察することで,可能性をさぐった。減数分裂の初期に,染色体の末端が細胞膜上の1地点に集まる時期がある。1点からループが多数突出する形状から,ブーケ構造とよばれる。ヒトでは,ブーケ構造は速やかに解消され,その後,染色体は赤道面に並ぶ。これに対しチンパンジーでは,この解消に長い時間を要することが,今回の観察からわかった。サテライトDNAの部分で乗換えが頻繁に起こり,このために解消に時間がかかると考えると,説明がつく。仮設の出発点を支持する結果であり,仮設の検証の進展となった。

  • Xiaochan YAN, Kanthi Arum Widayati, Laurentia Henrieta Permita Sari ...
    原稿種別: Oral Session
    セッションID: B07
    発行日: 2018/07/01
    公開日: 2018/11/22
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    Bitter taste plays an important role in avoiding toxin ingestion and inducing innate avoidance behaviors. Difference in bitter taste sensitivity might reflect species-specific diets during mammalian evolution. In addition to diet, it was recently reported that the receptors are involved in the immuno-system against bacteria and parasites. TAS2R38 has been studied for bitter taste sensitivity, especially for bitter compound Phenylthiocarbamide (PTC). Here, we report characterization of TAS2R38 in four species of Sulawesi macaque, M. hecki (N: 13), M. tonkeana (N: 12), M. nigrescens (N: 5) and M. nigra (N: 14). We conducted behavioral experiment on PTC acceptance and later functional analysis on amino acid residue(s) of TAS2R38 responsible for low bitter taste sensitivity. Our result shows that both M. tonkeana and M. nigra were found with “non-taster” but exhibited different pattern in genetic aspect. Amino acid changes at position 117, 130, 134 of M. tonkeana, whereas one base insertion caused early stop codon at site 178 of M. nigra, leading to non-taster phenotype separately. This finding might give a clue for clarifying evolutionary relationship and dietary habits among the four species. In addition, it will help to elucidate the ecological, evolutionary, and neurobiological aspects of bitter taste perception of primates, as bitter taste may be related to the plants they consume.

  • 松島 慶, 山梨 裕美, 奥村 文彦, 廣澤 麻里, 藤森 唯, 寺尾 由美子, 佐藤 良, 西野 雅之, 土田 さやか, 牛田 一成, 早 ...
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: B08
    発行日: 2018/07/01
    公開日: 2018/11/22
    会議録・要旨集 フリー

    スローロリス属(Nycricebus spp.)の一部の種は野生下において植物ガムを採食する。植物ガムの主成分である多糖類(アラビノガラクタン等)は,腸内細菌によって代謝されることから,ガムの採食はスローロリスの腸内細菌叢と大きく関連していると考えられる。腸内細菌叢はホスト動物の健康にも大きな影響を与えることから,飼育下動物の腸内細菌叢のコントロールは,動物福祉の観点からも重要である。本研究では,日本モンキーセンターで飼育されているレッサースローロリスのオス2個体を対象とし,従来のエサに加え,植物ガムの1種であるアラビアガムの給餌をおこなった。ガム給餌開始前後の糞を採取し,次世代シークエンサーMiSeqをもちいてDNAバーコードにもとづく腸内細菌叢のレパートリーを調査した(ガム給餌テスト)。その後,ガム給餌が一時的に中断されたため,その前後の腸内細菌叢についても分析した(ウォッシュアウトテスト)。ガム給餌テストの結果,ガムの給餌開始1-2日後から細菌叢全体が大きく変化していることを検出した。特に優占種であったPrevotellaceae科細菌(細菌群A)が,別のPrevotellaceae科細菌(細菌群B)となる変動が見られた。ウォッシュアウトテストでは,ガム給餌の中断後にその優占種がEubacteriaceae科細菌(細菌群C)に置き換わっていたが,ガムの再開とともに再度Prevotellaceae科細菌(細菌群B)の大幅な増加が確認された。Prevotellaceae科細菌の中にはガムの代謝を行う種が存在することが知られていることから,細菌群Bについても同じくガム代謝に関連する機能を持つのではないかと予想された。こうした細菌群を分離・培養のターゲットとし,機能を検証することで,スローロリスをはじめとする飼育下の樹液食者の福祉に貢献できるだろう。

  • Wanyi LEE, Takashi HAYAKAWA, Naoto YAMABATA, Mieko KIYONO, Goro HANYA
    原稿種別: Oral Session
    セッションID: B09
    発行日: 2018/07/01
    公開日: 2018/11/22
    会議録・要旨集 フリー

    On a global scale, urban development is the fastest growing form of land use and has led to more severe human-wildlife conflict in recent years. Noting the role of gut microbiome in host physiology like nutrition and immune system, it is thus essential to understand how human-wildlife conflict can affect animals’ gut microbiome. This study therefore set out to assess the anthropogenic influence on gut microbiome of Japanese macaques and the possibility of using gut microbiome as indicator for anthropogenic influence. Using 16S rRNA gene sequencing, we described the microbiome composition of Japanese macaques Macaca fuscata experiencing different human disturbance levels - captive, provisioned, crop-raiding and wild. For alpha diversity, our result showed that observed richness of gut microbiome did not differ significantly between disturbance levels but between collection sites. For beta diversity, captive populations harbored the most distinctive gut microbiome composition, and had greatest difference with wild populations. Whereas for provisioned and crop-raiding groups, the macaques exhibited intermediate microbiome between wild and captive. Bacterial taxa from phyla Firmicutes, Bacteroidetes and Cyanobacteria demonstrated shift in abundance along the disturbance level. Specifically, we found Firmicutes to Bacteroidetes ratio and Cyanobacteria abundance elevated in wild macaques. In summary, this study revealed the flexibility of gut microbiome of Japanese macaques and the possibility of using gut microbiome profile in assessing the anthropogenic effect to non-human primates.

  • 仲井 理沙子, 北島介 龍之, 平井 啓久, 今井 啓雄, 岡野 栄之, 今村 公紀
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: B10
    発行日: 2018/07/01
    公開日: 2018/11/22
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    ヒトへと至る霊長類進化は,生物学上の大きな命題の一つです。中でもヒトの知性を考えるとき,大脳皮質の形成は,重要な発生進化生物学的イベントであるといえます。また,脳の発生はヒトとチンパンジーでも異なることから,脳表現型の違いを生み出す素因として発生期の神経幹細胞動態の種差が想定されます。しかし,ヒトとチンパンジーの神経発生および神経幹細胞(NSC)において,分子・細胞レベルでの「どのような」違いがあり,それらが「いつ」生じてくるのかについては,未だ明らかにされておりません。一方で,iPS細胞技術を用いることで,ヒト/チンパンジーの神経発生を培養下で再現し,非侵襲的に比較解析することが可能となりました。そこで,神経発生およびNSCのヒト特異的な発生動態・分子基盤を解明するために,ヒト/チンパンジーiPS細胞を用いた神経発生の分化誘導と解析に取り組んでおります。これまで,我々はチンパンジーのiPS細胞を作製し,NSCやニューロンへと分化誘導する手法を確立してきました。本誘導系では,培養1週間でiPS細胞からNSCを誘導することが可能です。そこで,この分化過程の遺伝子発現を継時的に調べたところ,iPS細胞から後期前部エピブラスト→神経外胚葉→神経板神経上皮細胞→神経管神経上皮細胞→NSCへと神経発生運命を段階的に辿ることが分かりました。現在は本誘導系における初期神経発生のトランスクリプトーム解析やニューロン分化能の獲得時期の解明に取り組んでおります。また,本誘導系をヒトiPS細胞に対して適用し,同様の分化誘導を試みております。今後はヒト/チンパンジーiPS細胞を用いた誘導系において比較解析を行い,ヒト特異的な神経発生動態や遺伝子発現の解析を行う予定です。また,我々はニホンザルiPS細胞を樹立し,同様の誘導系を用いたNSC誘導とニューロン分化にも成功しております。これを用いることで種間比較を発展させたいと計画しております。

  • Halmi INSANI, Masanaru TAKAI
    原稿種別: Oral Session
    セッションID: =B11
    発行日: 2018/07/01
    公開日: 2018/11/22
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    Southeast Asian archipelago is the home of a wide range of endemic gibbon species. While human cranial morphometic variation based on insularity and provinciality is extensively studied, little is known about the pattern on other insular non-human hominoid species. Two gibbon species of Hylobates lar and Hylobates agilis crania found in both mainland and island were examined to be compared to all gibbon species throughout Southeast Asia. The exterior outline of 22 lateral and 12 dorsal three-dimensional homologous landmarks were digitized on 141 crania. The landmark data were first subjected to generalize Proscustes Analysis, followed by principal component analysis. Wireframe diagram demonstrates that compared to crania of the mainland, the lateral crania of the island in both hylobates species displays a generally convex anteromedial corner on parietal bones with the shift of the junction of coronal and sagittal sutures (BRG) anteriorly and the inion (INI) ventrally. The dorsal view exhibits the strong shift of orbital surface of sphenoid bone (SFT) medially on the island crania. This investigation contributes as the preliminary study of insularity of non-human primate of Southeast Asia.

  • 高井 正成, タウン・タイ , ジン・マウン・マウン・テイン , 楠橋 直
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: B12
    発行日: 2018/07/01
    公開日: 2018/11/22
    会議録・要旨集 フリー

    ミャンマー中部のテビンガン地域の後期中新世初頭の地層から見つかったホミノイド化石の形態解析に関する予備的な報告する。対象とする標本は,マグウェー市の南方にあるテビンガン地域で現地の村人によって発見された上顎と下顎の化石である。前者は第4小臼歯~第3大臼歯までが残存している右上顎骨~上顎骨の破片で,上顎第3小臼歯の歯根も残存している。切歯と犬歯は歯槽しか残っていないが,犬歯槽のサイズからオスの成体と考えられる。後者は激しく咬耗した第2~3大臼歯の残存する左下顎骨体で,第1大臼歯の破片と第4小臼歯の歯根,そして第3小臼歯と犬歯の歯槽が残っており,そのサイズからオスの成体と考えられる。歯のサイズや歯列弓のカーブの形状から,これらの二つの化石は同一種と考えられる。両者の発見地点は数km離れているが,層準としてはほぼ同じで,イラワジ層の最下部に相当する。共産する動物化石(を産出年代が詳細に研究されているパキスタン北部のシワリク層の動物化石と比較した結果,年代は後期中新世初頭の約900万年前と推測される。上下顎の全体的な形状は,これまでに東南アジアで見つかっているKhoratpithecusLufengpithecusといったホミノイド化石とは明らかに異なっており,南アジアのシワリク層から見つかっているシバピテクスSivapithecus属との類似性を示している。最近の研究では,ミャンマーの化石と同サイズのシバピテクス属の中型種は産出層準から年代的に古いS. indicusとより新しいS. sivalensisに分けられる。テビンガンの標本は後者とほぼ同じ年代と考えられるが,前顎骨の形状や大臼歯の歯帯の発達程度に明確な違いが見られる。本発表ではこれらの形態的な違いについて予備的な解析結果を報告する。

  • 緑川 沙織, 時田 幸之輔, 小島 龍平, 平崎 鋭矢
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: B13
    発行日: 2018/07/01
    公開日: 2018/11/22
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    直立姿勢と四足姿勢では肩甲骨と体幹の位置関係が異なり,その機能に関わる肩甲骨と体幹を繋ぐ筋群は興味深い。中でも,腹鋸筋(SV),肩甲挙筋(LS),菱形筋(Rh)は肩甲骨内側縁に停止する筋で,支配神経の連続性から同一系統の筋が分化したものとされる(加藤ら,1978)。今回は,リスザルにおけるこれらの筋の形態と支配神経を調査した結果を報告する。SVは,第1~9肋骨から起始し肩甲骨内側縁に停止していた。LSは,第1~6頚椎横突起から起始し,肩甲骨内側縁の上部1/3へ停止していた。Rhは,項靭帯・第1~5胸椎棘突起から起始する他,後頭骨にも起始を持っていた。項靭帯・胸椎棘突起起始部は,肩甲骨内側縁の下部2/3に停止し,後頭骨起始部は,肩甲骨内側縁の上部1/3に停止していた。SVの支配神経にはC6,7の枝が分布していた。第1肋骨起始部にはC6の独立枝が分布していた。LSにはC4,5の枝が主に分布するが,C6が分布するものも観察された。それぞれの神経は,肩甲挙筋に筋枝を出した後,Rhに至っていた。Rhの後頭骨起始部には,C3またはC4の枝が分布していた。筋形態に注目すると,ヒトと大きく異なるのは,Rhに後頭骨起始部を持つ点である。このようなRhの形態は,カニクイザル(加藤ら,1984)やブタ胎仔(緑川,2017)において観察され,運動様式との関連が示唆される。支配神経に注目すると,SV支配神経はヒトではC5-7が一般的であるのに対し,リスザルではC6,7であった。また,ヒトSVでは第1肋骨起始部に分布する独立枝はC5であることが多いが,リスザルSVではC6であった。LS支配神経は,ヒトではC4,5が一般的であるのに対し,リスザルではC6の分布が観察された。Rhの筋形態が異なる点と合わせると,リスザルLS・SV・Rhは,ヒトとは異なる分化をしていることが示唆された。本研究は京都大学霊長類研究所共同利用研究にて実施された。

  • 友永 雅己, 川崎 雄嵩, 田中 由浩
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: B14
    発行日: 2018/07/01
    公開日: 2018/11/22
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    近年,顔や指紋などによる生体認証(バイオメトリクス)ではなく,ふるまいのパターンから個体識別を行う「行動バイオメトリクス」がヒトの生体認証に対して適用されつつある。一方,動物行動研究においては生体認証による個体識別の自動化の必要性が指摘されてきた。われわれは,集団で暮らすチンパンジーの飼育エリアに隣接する形でウォークイン型のブースを設置し,「いつでもどこでもだれとでも」認知課題ができる環境を構築した。そして,「いまここでだれ」が課題をしているのかを瞬時に判別し,その個体の学習状況に応じた課題をオーダーメイドできるシステムの構築をめざしてきた。しかしながら,導入された顔認証システムが自然光の照明条件に多大な影響を受けるため,これを補完すべく,今回,行動バイオメトリクスの導入可能性を検討した。多数の個体に対して,長期にわたる学習訓練を必要とせず,かつ個体差が顕著にあらわれる課題を「パスワード課題」として設定した。課題は,タッチパネルモニタ上に提示される4つの同一の図形自由な順序で自由なペースで反応すると報酬が得られるという極めて単純な課題である。この課題を京都大学霊長研究所に暮らす13個体のうちの8個体で実施し,反応順序と反応時間を記録した。このデータをもとに,サポートベクターマシンによる分類を実施したところ,学習用のデータセットでの誤判断率が7.2%,交差検証エラーが11.6%,そして新規セットでのテスト時の正答率が87.1%というじゅうぶん使用に耐えうる結果が得られた。このことは,行動の個体差の中には,個体内変動だけではなく,その個体を特徴づける個体間変動が明確に存在することを示唆している。今後は,同時に記録している反応の強さ(反応圧)もデータとして活用し,機械学習によって個体識別の精度を高めたい。また,ここで見られる反応パターン間の個体間での類似性と「性格特性」等の指標との連関についても検討していく予定である。

  • 松本 晶子, 岡本 光平, 高橋 健太, 大平 英樹
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: B15
    発行日: 2018/07/01
    公開日: 2018/11/22
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    目的:動物にとって,警戒は捕食動物の検出を促進する重要な手段である。理論的には,より大きなグループに属する個体は,より多くの仲間が周囲を見ているので,長い距離またはより早い時期に捕食者を検出することができる。同時に,集団内の個体は,他の仲間に頼って個々の警戒を減らすこともできる。この「集団サイズ効果」は多くの鳥類およびほ乳動物において実証されているが,霊長類ではほとんど支持されていない。その理由のひとつに,警戒の定義や方法の不統一が挙げられていることから,われわれは新たな警戒指標を提案し,群サイズ効果を検証する。(予想1)集団の周辺部に位置する個体は,中心部に位置する個体よりも危険にさらされるため,より警戒する必要がある。(予測2)小さな集団に属する個体は,大きな集団の個体よりも危険にさらされるため,より警戒する必要がある。方法:平均的な捕食圧を受けている,ケニア共和国に生息する野生ヒヒ(Papio anubis)の1集団を対象とした。顔の動画を撮影し,目が明いている持続時間と目を閉じている持続時間の長さを0.01秒単位で計測した。結果:(結果1)周辺部に位置する傾向の高いワカモノオスは,目を開けている時間が有意に長かった。(結果2)小さなサイズの時期のオトナオスは,大きなサイズのオトナオスより目を開けている時間が有意に長かった。考察:本研究は,予想1と2の両方を支持した。このことから,目が開いている持続時間はおそらく霊長類の警戒行動として信頼できる指標になることが示唆された。

  • James P. HIGHAM, Will L. ALLEN, Sandra WINTERS
    原稿種別: Oral Session
    セッションID: B16
    発行日: 2018/07/01
    公開日: 2018/11/22
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    The guenons are a recent primate radiation that exhibit high degrees of sympatry, and commonly form mixed-species groups. Hybridization is possible, yet rare in most populations. Guenons have species-specific colorful face patterns hypothesized to function as signals used in species discrimination. Here, consistent with this, I present our studies showing that guenon faces exhibit character displacement, with species being more facially distinctive specifically from the species that they overlap with geographically. I then show that species can be reliably classified by these facial patterns, including specific components of these faces, and present machine classification data that reveal the specific regions of faces that are diagnostic for species discrimination for each species. I go on to present new experimental data testing these machine classification results back to live guenons, which show that they do indeed focus primarily on those regions when presented with the faces of different species. Collectively, our results suggest that guenon face patterns have evolved as mate discrimination signals that facilitate reproductive isolation between species. Our research adds to our understanding of the relationship between reproductive isolation and phenotypic diversity among the primates.

  • 堀田 里佳, 羽深 久夫
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: B17
    発行日: 2018/07/01
    公開日: 2018/11/22
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    飼育動物の環境エンリッチメントの一環として,樹上性類人猿施設へのタワーの導入が行われている。実際に動物がタワー空間をどのように利用しているかを明らかにするため,成長期の個体複数を含む飼育群がおり,タワーの高さ・ボリュームが大きい札幌市円山動物園のチンパンジータワーを対象に,動物が樹上行動で使用するタワー要素に着目した行動調査を行った。樹上運動(移動・ぶら下がりなどの大きな動き)における要素の使用回数について,まず年齢・時間帯・要素の形態別のコレスポンデンス分析によりおおまかな要素使用の傾向を把握し,次に樹上運動で同時に使用された要素の組合せを集計することにより,動物のタワー上での動線を年齢別に作図し可視化した。コレスポンデンス分析では,オトナ・コドモの朝・コドモの昼で,使用要素の傾向に明確な違いがあることがわかった。オトナは時間帯による差は小さく,上部デッキ・梁などの複合材・パイプ類の利用が多かった。コドモは朝と昼で大きな違いが有り,朝は下部ロープやネットを使用し地面と行き来する行動が多く,昼は上部のロープを使用した行動が多かった。3歳の幼児(チンパンジーの年齢区分ではアカンボウ)の昼の行動は,コドモの昼に近い要素使用の傾向を示していた。次に年齢別のタワー動線図から読み取れることとして以下のことがわかった。オトナの行動範囲は地面から最上部デッキまでの広範囲に渡り,デッキ・桟橋・梁・柱などの複合材を中心とした動線で結ばれていた。コドモの行動範囲は地面から高さ5.5mの水平梁までが中心で,行動基点となる高さ2.6mの水平パイプの他,ネットやパイプ・柱・ブランコなど多様な種類の要素を複雑に組み合わせて行動していた。3歳の幼児の動線はコドモに比べ単純で,行動範囲はむしろオトナと一致する部分が多かった。斜めに傾いた梯子状の桟橋は各年齢に共通して使用され,動線としての重要度が高かった。

  • 山梨 裕美, 板東 はるな, 伊藤 二三夫, 松永 雅之, 水野 章裕, 島田 かなえ, 門 竜一郎, 田中 正之
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: B18
    発行日: 2018/07/01
    公開日: 2018/11/22
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    大型類人猿は野生では樹上に枝などを編み込んだベッドを作って寝るが,そのスキルの発達についてはあまりわかっていない。また飼育下のチンパンジーにおいては,野生由来のチンパンジーは複雑なベッドを作るものの,飼育下生まれの個体に受け継がれていないことが多い。そこで今回飼育チンパンジーにベッド作りを促すことと,その発達プロセスをあきらかにするための検討をおこなった。京都市動物園のチンパンジー5個体(オス2,メス2,コドモ1)を対象とした。2015年2月から2017年6月の間にチンパンジーが夜間使用する屋内展示場の中に,3種類の寝台を設置した。それぞれの寝台は枝をさしやすい構造にしてあり,研究期間中,週に2-3回ほど定期的に2mほどの枝を複数導入した。16時頃から翌朝7時まで,寝台上の夜間行動を監視カメラ越しに記録した。記録した動画をもとに,個体ごとの寝台の利用頻度と,寝台上で観察されたベッド作りに関連する行動を分析した。特に,2歳から野生でベッドを作れるようになるとされる5歳の間のコドモの行動発達を調べるために3年間にわたり動作レパートリーの分析を継続しておこなった。結果,寝台はチンパンジーのベッド作り行動を促すことができた。ただし,チンパンジーのうち,枝を編み込むベッドを作ったのは野生由来の個体とそのコドモのみであった。母親の作製したベッドは,野生チンパンジーのベッドと比較して深さは浅い傾向にはあったが,サイズは類似したものだった。コドモは2歳では単純な動作しかおこなわなかったが,3歳では野生由来の母親の動作レパートリーすべてと母親が持たない他の群れメンバーの動作が確認され,4歳になると頻繁に『編み込む』といった複雑な動作を表出した。このように,幼少期に適切な環境を設定することで飼育下でもチンパンジーの複雑なベッド作り行動を促すことが可能であった。また,母親とそれ以外の群れの個体から動作を柔軟に社会学習することが示唆された。

  • Amanda D. MELIN, Mika SHIRASU, Rachel WILLIAMSON, Mizuki ENDO, Omer NE ...
    原稿種別: Oral Session
    セッションID: B19
    発行日: 2018年
    公開日: 2018/11/22
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    Through their senses, animals sample information from the external environment to detect and assess foods. Studying the sensory behaviors of frugivores provides insight into the interactions between plants and animals, and promotes understanding of evolutionary processes shaping sensory systems. It is well known that fruit traits—including color, size, odor, and softness—often change during the ripening process. However, there is a dearth of data on whether changes in each of these modalities are equally reliable in revealing shifts in fruit nutritional value, and which types of information animals use to guide their foraging strategies. Here, we integrate behavioral observations from a 12-month study of white-faced capuchins (Cebus imitator) with visual (size, shape, color) olfactory (volatile organic compounds—VOCs), haptic (elastic modulus), and nutritional data from 14 species of fruits sampled across ripeness stages. We find: 1) variation among plant species in how well changes in fruit softness, color, size, and odor correlate with nutritional changes; 2) that primate behavior maps predictably onto this variation; 3) that color and size are typically the least reliable cues of ripeness. These results help explain why primates also sniff and squeeze fruits that change color as they ripen, the smaller than expected difference in foraging efficiency between “colorblind” and “color-normal” monkeys, and highlight a role for color in long-distance signaling by plants to attract foraging animals. This study contributes to knowledge about the foraging cues available to primates and other frugivores, and how multiple sensory modalities are integrated to inform food selection.

  • 蔦谷 匠, Meaghan E. MACKIE, Jesper V. OLSEN, 宮部 貴子, Enrico CAPPELLINI
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: B20
    発行日: 2018/07/01
    公開日: 2018/11/22
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    野生霊長類の離乳年齢を正確に調べるのは難しい。これは,コドモが母親の乳首に吸いついていても必ずしも吸乳をともなわない場合があり,また,夜間の授乳行動は観察できないためである。コドモが何歳まで乳由来の栄養や免疫を摂取しているかを正確に調べるには,行動観察によらない指標を探索する必要がある。本研究では,新たな乳摂取の指標として,完全には消化されずに糞中に排出される乳由来タンパク質に注目した。ヒト乳幼児においては,糞中に乳由来の栄養・免疫関連のタンパク質が排出されることが確かめられている。しかし,これら1970-80年台の研究では,免疫測定によってタンパク質が検出されており,特異性の低さと,あらかじめ選定した特定のタンパク質しか調べられないという問題があった。そこで本研究では,質量分析計を利用して試料中に存在するタンパク質を網羅的に同定する最先端のプロテオミクス分析を利用した。霊長類研究所に飼育されている授乳・離乳状況既知のニホンザル(Macaca fuscata)より糞試料を得た。0歳児(授乳中),2歳児(離乳後),オトナそれぞれから,2-3個を分析に供した。分析の結果,乳に特異的に含まれるタンパク質(カゼインやラクトアルブミン)は授乳されている0歳児の糞中のみから検出された。授乳されなかった0歳児の糞からは,乳に特異的なタンパク質は検出されなかった。ほかの体液にも含まれるが乳に特に豊富に存在するタンパク質(リゾチーム,免疫グロブリンJ鎖)については,0歳児で検出ペプチド数が大きかった。離乳過程が進行した際,どこまで乳タンパク質が検出可能であるかを検証する必要はあるが,糞のプロテオミクス分析により,個体の授乳・離乳状況を推定できる可能性が示された。また,本手法は野生個体に対しても適用可能である。

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