抄録
通常のマラリア感染はヒト−ヒト間に限定されるのに対し、サルマラリアは、ヒト−サル間で感染する。それゆえに、従来のマラリアに対する有効策(蚊帳と殺虫剤)が十分に機能しない。事実、サルマラリア原虫であるP. knowlesiは、近年になり東南アジアの複数の国々でヒトへの感染を引き起こしていることが報告されている。一方で、P. knowlesiを媒介する蚊の種類には空間的変異があるため、適切な防除戦略を導くためには、地域ごとの媒介種の生態を詳細に研究する必要がある。マレーシア・サバ州は、熱帯林を切り開きパーム油プランテーションへの大規模転換が急速に進んだ地域であり、サバ州全域で著しい生態系の変化が起きている。中でもキナバタンガン下流域は、8種類もの霊長類が同所的に生息している生物多様性ホットスポットである。しかし、多くの森林が伐採され、サルマラリアの宿主とされるマカク属のサルが近隣の村にまで生息域を拡大しており、ヒトーサル間でのマラリア感染が危惧される。本研究の目的は、潜在的な媒介生物種の種数や生息数、その季節変化に加え、蚊のP. knowlesiの保有率を把握することである。蚊の採取は、2016年11月〜2018年10月に実施した。川岸、そこから林内へ250m、500mという3地点の地上と樹上に誘引トラップを仕掛けて蚊を採取し、採取した蚊の同定、サルマラリア原虫の有無を分析した。蚊の大半はイエカ属であったが、ヤブカ属、ハマダラカ属等も同定された。また、サルマラリア原虫も数個体で保有を特定した。川沿いの樹上ほど、蚊の分布は少ない傾向にあったが、サルマラリア原虫が特定された蚊は、川岸の樹上で採取された。本地域の霊長類は、夕方になると川沿いの木々に集まりそこで泊まるという習性を持つ。その習性とサルマラリ感染の可能性、また霊長類の泊まり場選択における蚊の分布の影響について議論する。