抄録
ヒトは、喉頭の位置が低く、長い口腔咽頭をもつ。この形状は、音声言語には適応的であるが、嚥下物が誤って気管へと入り込む誤嚥のリスクをあげる。そのため、ヒトでは、喉頭(甲状軟骨)を舌骨に向けて挙上することで、喉頭蓋を後方へ折り曲げて喉頭口に蓋をして、呼吸を止めて嚥下することで、誤嚥を防ぐ特有の機構が進化したといわれている。一方、サル類では、嚥下物が喉頭蓋にあたり、喉頭口の両側の梨状窩を経て食道へと流れると考えられている。喉頭蓋は喉頭口を覆わず、呼吸を止めないとされる。本研究は、マカクを対象に、頭部固定下でカルピス等をふくませて、その嚥下中の喉頭及び喉頭蓋の運動を、経鼻ファイバースコープ・高速度カメラとX線テレビで観察した。X線テレビでは、舌骨が前方やや上方へ動くことで、舌背が咽頭側に膨らみ、続いて、喉頭が舌骨に向かって前方に動いてその膨らんだ舌根の下の潜り込む様子が確認された。ファイバースコープでは、液は梨状窩に貯められて、嚥下時に、喉頭が前方へと移動することで、液が食道へと押し出される様子が確認された。また、その際、声帯および前庭は完全に閉鎖し、喉頭蓋は、後方へと傾き、喉頭口を覆う様子が観察された。つまり、嚥下とともに呼吸は停止する。常時、食道へと流れることや、喉頭蓋が折れ曲がることは確認できなかった。これらの結果は、マカクの嚥下機構は、ヒトと共通することを示している。ただし、喉頭蓋は、折れ曲がらない。マカクでは、喉頭の位置が高く、舌背も低いので、喉頭が舌骨に対して挙上する運動がないためと考えられる。その違いは副次的で、誤嚥防止の機構や機能には相違がない。人類で、喉頭が低くなった。その言語進化の基盤となる形態進化は、嚥下機構の霊長類的基盤の上に現れたと考えられる。
本研究は、三菱財団自然科学研究助成(#202310032)および、科研費(#24H00576)の助成を受けた。