抄録
絶滅の危機に瀕した生物を対象とした集団遺伝学研究は重要である。類人猿のような大型の動物においては、フィールドにおいて簡便で、運搬が容易な手法が必要とされる。本研究では、アフリカ6地域(ボッソウ、ロアンゴ、キバレ、カリンズ、ゴンべ、マハレ)のチンパンジーにおいて、糞便などの非侵襲サンプルから決定されたエクソーム(ゲノム中のタンパク質をコードする全遺伝子の塩基配列)を比較し、集団の識別や、地域特異に適応した遺伝子の検出をおこなった。糞便から抽出したDNAには、チンパンジー自身のホストDNAだけでなく、腸内共生微生物や食べ物由来のDNAが含まれている。キャプチャーシークエンシング法を用いて、チンパンジーのエクソーム領域のみを濃縮し、塩基配列を決定した。最終的に42個体のチンパンジーのエクソームの比較に成功した。ボッソウは西亜種、ロアンゴは中央亜種、その他の4地域のチンパンジーは東亜種に属する。限られたミトコンドリアゲノムの塩基配列では、亜種差を系統的に区別することが難しい。一方、エクソーム解析では、亜種差に加え、東亜種の4地域を識別することもできた。自然選択に関しては、エクソーム全体での非同義-同義置換比は西亜種で大きく、東亜種で小さくなり、エクソーム全体のヘテロ接合度と負の相関を示した。これは有効集団サイズが小さいほど、弱有害な非同義置換が集団から浄化選択によって取り除かれにくいことを反映している。機能的な遺伝子に注目すると、嗅覚受容体のOR7D4や、苦味受容体のTAS2R42において、亜種を超えて共有される分離した偽遺伝子が存在し、平衡選択が起きていることが示唆された。このように野生チンパンジーに適用できるエクソーム解析は、チンパンジーの新しい生態理解や保全につながる。