抄録
群れで生活する霊長類では、他個体との社会関係の質が、社会交渉における個体の意思決定に影響を及ぼす。社会関係の質は価値(value)、安全性(security)、一致性(compatibility)の3つに大別されるが、このような社会関係の質を評価する方法の一つが、個体のストレスレベルを測定することである。先行研究では、他個体がそばにいないときや、安全性の低い個体が近接しているときなどにストレスレベルが上昇することが報告されている。しかし、これらの研究では、対象個体がどのような活動をしていたのかを考慮してこなかった。本研究では、個体の休息中および採食中において、個体の周囲1m以内に近接する他個体の存在が個体のストレスレベルに与える影響を、金華山に生息する野生ニホンザルのオトナメス11個体を対象として調査した。ストレスレベルは、ストレスの行動学的指標であるセルフスクラッチを用いて測定した。休息中、セルフスクラッチの頻度は近接個体がいるときよりもいないときの方が有意に高かったが、採食中には近接個体の有無の影響はみられなかった。また、近接個体がオトナメス1個体のみであった場合、セルフスクラッチの頻度は、採食中に近接個体が非血縁個体のときよりも血縁個体のときのほうが高くなった。個体間順位やassociation levelはセルフスクラッチの頻度に有意な影響はなかった。休息中、近接個体の属性はセルフスクラッチの頻度に有意な影響はなかった。これらの結果は、個体のストレスレベルに影響を及ぼす要因は個体の活動によって異なること、社会関係の価値が高い個体との採食競合や、他個体からの分離が個体のストレスレベルを上昇させることを示唆している。