抄録
花は植物の生殖器官であり、送粉に関する植物と動物の関係についてはこれまで多くの研究がされてきた。ヤブツバキは他の日本の植物の花に比べて蜜の分泌量が多く、花弁も大きく目立つため、昆虫よりも体格の大きい鳥類による送粉に適応していると考えられる。屋久島西部の高標高域のヤクスギ林に生息するヤクシマザルは、春にヤブツバキの花蜜を採食する。ヤクシマザルは木になった花から花蜜を直接吸うのではなく、花を手で摘み取って半分に割って、露わになった花蜜を舐める。この行動が盛んな春には採食時間の約45%がヤブツバキの花蜜を採食する時間に当てられる。同じく屋久島の西部で、低標高域のヤクシマザルにおいては、ヤブツバキの花蜜は重要な食物ではないことが知られている。植物の生殖器官である花が大量に破壊されるこの行動は、植物の繁殖に負の影響を与えていると予想される。
本研究では、屋久島西部の照葉樹林とヤクスギ林に生息するヤクシマザルがヤブツバキの花を破壊する量の違いを明らかにすることを目的に、ヤブツバキのフェノロジーと林床に落下した花の食痕の割合を調べた。調査は照葉樹林、ヤクスギ林、ヤクシマザルの訪れない集落の3ヶ所で実施した。開花フェノロジーについては、樹上の蕾・花の数を定期的に数えてその変動を追った。また、林床に落ちたヤブツバキの花を、自然落下とヤクシマザルによる食痕に分類してその割合を調べた。
調査の結果、開花フェノロジーは低標高の照葉樹林と集落のヤブツバキの方が高標高のヤクスギ林のものより早いことがわかった。また、林床に落下した花における食痕の割合はヤクスギ林で高くなった。本発表では、この結果がツバキの繁殖に及ぼす影響について考察する。