抄録
幸島のニホンザルにおけるイモ洗い行動は文化的行動として有名であるが、同様の食物洗い行動は飼育下の霊長類においても水場で観察されている。千葉市動物公園においてもニホンザルの食物洗い行動が見られ、これまでの研究では、順位が低い個体やストレスの指標となるセルフスクラッチの頻度が高い個体ほど洗う頻度が高いことから、採食時の緊張状態との関連が示唆されている。本研究では、同園における食物洗い行動の頻度の経年変化を調べ、この行動の要因について検討した。2024年の8月から10月にかけて、ニホンザル25頭(オトナオス6頭、オトナメス13頭、コドモ6頭)を対象に、全生起サンプリングを用いて食物洗い行動を観察し、2021年から2023年に収集したデータと併せて分析した。アカンボウを除く20個体で、食物洗い行動が確認された。個体ごとの年間観察回数について、2021年から2023年の間ではいずれの年の組み合わせにおいても正の相関が見られたが、2024年のデータは他のいずれの年とも相関が認められなかった。特に、出産したメス3頭では、各年における変動が大きく、出産した年には食物洗い行動の回数が減少する傾向が見られた。これは、アカンボウやその母親が採食時にオスの援助を受けやすく、緊張状態が緩和されたことにより、食物洗い行動が減少した可能性を示唆している。また、2024年では、食物洗い行動の頻度が2023年以前よりも増加しており、2023年まで確認されていた低順位の個体ほど食物洗い行動が多い傾向は認められなかった。2023年以前は主に特定の1カ所で給餌されていたのに対し、2024年では給餌場所が変更され、複数カ所で給餌されることも多かったことが、こうした変化に影響した可能性が高い。以上のように、食物洗い行動の頻度や個体差は、餌の撒き方や出産といった社会的状況により変化することから、この行動が緊張状態などの社会的文脈に依存して発現すると考えられる。