抄録
現在の日本では、多くのニホンザルが人間の影響を受けながら生活しており、特に農地やその周辺の住宅地などの人工環境は、サルにとっては食物資源が豊富な一方で、人間からの排除行動によるリスクも高い場所である。したがって、これらの環境では食物獲得のメリットと人間からの攻撃リスクがトレードオフの関係にあり、行動圏利用の決定に影響していると考えられる。本研究では、福井県において、隣接する自然群(51頭)と加害群(捕獲により約44→24頭)の行動圏利用を比較し、その違いを明らかにすることを目的とした。両群の成獣メス1頭にGPS首輪を装着し、1年間追跡を行った。植生情報には環境省植生図を使用し、これに国土地理院の道路縁データを加えて林縁までの距離を算出した。行動圏利用の解析にはintegrated step selection analysis(iSSA)を用い、連続するGPS測位点間の移動距離と方向をステップと定義し、それに対してランダムステップを生成・比較することで林縁距離や植生への選択性を評価した。解析の結果、両群ともに季節を問わず林縁に近い場所を多く利用していたほか、ほとんどの季節で落葉広葉樹林を多く利用する傾向が見られた。加害群は春・夏・冬に農地を多く利用していたのに対し、自然群では農地利用に有意性は見られなかった。一方、自然群は全ての季節で草地や人工環境の利用が有意に高く、加害群では春を除いてこれらの利用に有意性はなかった。両群とも森林に加えて開放地も積極的に利用していたが、その内容には違いがあった。特に加害群は農地を多く利用しつつ、人工環境の利用には有意性がない傾向が見られたことから、食物獲得と人間によるリスク回避のバランスが空間利用の決定に影響していると考えられる。自然群が人工環境を多く利用していたのは、当該人工環境の多くがダムで構成されており、人間からの干渉が少ないためであると推察される。