抄録
霊長類は多様な食物を摂取する採食ジェネラリストである。地上から樹上まで自在に移動することができ,発達した大脳と器用な手先によって採食におけるさまざまな障壁を克服することで,林内の多様な資源を利用することができる。また,中大型で個体数も多いことから,霊長類による採食は生息地の生態系へ非常に大きな影響を与えていると考えられる。種子散布や花粉媒介など,霊長類が植物に与える正の影響についてはこれまでに世界各地で多くの研究がなされてきた。一方,霊長類が植物に与える負の影響,特に花に与える影響に関する研究はほとんどない。屋久島のスギ林では,1月から5月にかけてヤクシマザルがヤブツバキの蜜を採食する際に大量の花を破壊する様子が観察されている。ヤブツバキの繁殖器官である花を大量に破壊するこの行動は,ヤブツバキの繁殖を阻害している可能性があると考えられる。本研究では,ヤクシマザルによる花の食害がヤブツバキの結実率に与える影響を明らかにすることを目的とし,ヤクスギ林・照葉樹林・集落の3つの調査区域において,ヤクシマザルによるヤブツバキの花の食害の様子,食害の程度,ヤブツバキの結実率を計測した。その結果,ニホンザルはヤブツバキの花の送粉者ではなく破壊者であること,ヤクスギ林のヤブツバキは照葉樹林のヤブツバキと比較して高い頻度で花がヤクシマザルによって破壊されていること,ヤブツバキの花の結実率は食害の程度にかかわらず3つの調査地で大きな差が見られないことがわかった。この結果は,ヤブツバキがヤクシマザルによる花の破壊に対して何らかの耐性を持っている可能性を示唆している。