抄録
一般に,集団の結束力を高めることは捕食者から身を守る有効な方法であるとされている。しかし,対捕食戦略としての群れの凝集性の変化をしらべた研究において「誰がその凝集の中心的存在になっているか」という点に関してはこれまであまり注目されてこなかった。多くの霊長類では一般的にオスが捕食者防衛において重要な役割を果たすと考えられている。そのため,捕食リスクのある状況では成体オスが防衛の中心的存在となり,メスや未成熟個体にとってはオスとの接近が重要視されることが予測できる。そこで本研究では,マハレ山塊国立公園に生息するアカオザル(Cercopithecus ascanius)を対象に捕食者の接近が群れ個体間の近接に与える影響についての調査を行った。アカオザルは単雄複雌群を形成する樹上性オナガザルの一種である。本調査地にはアカオザルの捕食者としてチンパンジー,ヒョウ,タカの3種が生息している。まず,3種の捕食者それぞれに対してアカオザルが群れの凝集性を高めるか否かを個体間の近接時間に基づいて分析した。その結果,3種の捕食者のうち,タカの接近があった場合にのみ,群れはその後しばらくの間,群れの凝集性を高めることが分かった。さらに,その際の近接関係から,群れはオトナオスを中心に凝集性を高めているということが明らかとなった。タカに捕食される危険が高まった際,メスはオトナオスの近くにいることで、捕食される危険を減らしていると考えられる。これらの結果は,アカオザルにおいて捕食者,特に猛禽類からの防衛が,オトナオスを中心とした群れの結束に重要な役割を果たしていることを示唆している。これまでの研究で,マハレのアカオザルの群れはオスを中心としたゆるやかな集まりであることが示されている。本研究の結果は,マハレのアカオザルの空間的にオス中心の社会関係が,特に猛禽からの捕食リスクへの反応によって構築されている可能性を示唆している。