近年ようやく成立した核兵器禁止条約は、カント的な実践理性にもとづく近代啓蒙のプロジェクトが健在であることを印象づけたが、道徳や法の内的論理を政治に優先させ、条約の制定・推進を通じて軍縮・平和を実現しようとするリベラル・リーガリズムの試みに対しては、これまで政治的現実主義の立場から厳しい批判が寄せられてきた。そこで問わなければならないのは、こうした批判は核兵器禁止条約にも当てはまるのかどうか、仮にそうだとすれば、核軍縮・廃絶を実現するには、条約を制定する以外に何が求められるのかということである。
本論文ではこの問いに取り組むため、第1に、英国学派の国際社会論を参照しながら、大国と国際法の矛盾に満ちた関係を理解することに努めたい。第2に、現行の無政府的な国際社会の構造を背景とする限り、国際法の力で核兵器を全面的に禁止しようとするリベラル・リーガリズムの試みが、さまざま理論的・実践的な行き詰まりに直面することを示したい。第3に、このアポリアに取り組むために、ハンナ・アーレントやユルゲン・ハーバーマスの政治・社会理論に見られる新しい「権力」の概念を取り上げ、これを生かしたポスト主権型立憲平和主義の構想を提示したい。そして第4に、この構想にしたがえば、英国学派の限界を乗り越えて核軍縮・廃絶を推進するとともに、核兵器禁止条約が直面するアポリアを打開する方向性が見えてくることを示したい。